雷鳴
ダナン大陸を統べる魔導の大国、オズランデの魔導士には細かな階級が存在する。
魔導士達のトップに君臨するは、魔導士長。
次いで高い地位にあたるのは特級魔導士だ。
光、闇、水、火、木、雷、土、風の属性ごとに一人ずつ、計八人の特級魔導士は、自分の許に属する魔導士達を統率し、細分化された仕事を担う。
そして今、ディナンフィことディノは水の特級魔導士の執務室で、書類の山に頭を悩ませていた。
紙の山の一番上、「至急」とある綴じられた書類を軽く捲り、ため息をひとつ。
神経質そうに切りそろえられた長めの藍色の髪が揺れて、耳にかけられていた一束が零れる。
怜悧な切れ長の瞳を鬱陶しそうに更に細めて、零れた髪を長い指でかけ直した。
髪をかけた右の耳には、耳飾りに加工された菱形の魔導士印章が揺れる。
印章の土台は上級魔導士であることを示す銀。
銀の土台の下、菱形の角には青く透ける球状の宝石が揺れている。
水の特別上級魔導士である証だ。
ディノ自身は特級魔導士の副官に過ぎない。
しかし今、副官であるはずの彼は書類に悩まされていた。
それと言うのも、ディノの上官であり、水の特級魔導士でもあるヴィルシュアがここ最近、仕事に身が入っていないからなのだった。
ディノと違って、あまりてきぱきと仕事をこなせる方ではないが、持ち前の実直さと勤勉さで、書類の期限等は必ず守るヴィルシュア。
真面目な性格は、ヴィルシュアの出自が貴族の家である事にも関係するのだろう。
しかし、そのヴィルシュアは今、執務室にはいない。
――本来ならここで。
ディノは艶やかな黒檀の机の縁をなぞる。
そして、いつもそこに座って、困ったような表情で書類に向かうヴィルシュアの顔を思い浮かべた。
地位も身分も、ディノより上に位置するのにも関わらず、どこかいつも自信なさげなヴィルシュアは、無条件に彼の加虐心を煽る。
――あの困ったような顔を見れるのを、楽しみにしていたのに。
肩を落として、執務室を出ようと扉に向かうと、何の前触れもなくその扉が開かれた。
扉を開けたのは、部屋の主。
水の特級魔導士である、ヴィルシュア・エル・ラーマ・グライスその人だった。
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