白金の宵

幾重にも張られた紗[うすぎぬ]の奥に、玉座はあった。
見事な金の細工に、黄昏を受けて様々に光輝く玉。

玉座の置かれた場所は一段高くなっている。
その下、紗を隔てた艶やかな石英の階の前で、白い美髭を皺のある手で梳きながら大臣は一人ごちる。

「やれやれ、退出の時刻が過ぎてまだ間もないというのに…」

肩を落としながら、階の左右に佇む槍を携えた兵を見る。

「陛下はもう、自室にお戻りか」

左の兵が小さく、は、と答えた。

「今日こそ後宮へお連れしようと思っていたのに…」

深くため息をついた大臣の白い美髭が、音もなく揺れた。




ダナン大陸を統べる、魔導大国オズランデの北、白金の都と謳われる王都・エルティス。
王宮の屋根や壁、塀に至るまでが美しく白金で装飾されていることに、その名は由来する。

その王宮の主の名は、アルデヴァン・セ・キーラ・オズランデ。
オズランデの若き君主の名である。

幾百の臣下の頂き。
幾千の魔導士の誉れ。
幾万の民の極み。

隣国との長く続いた戦は終結して久しく、先々代から王朝は整っている。
その善政に、国民の気色も明るい。

オズランデの治世には何の憂いもないかのように見えた。
されどそんな国にも、臣下達の頭を悩ませている問題が一つ。


オズランデの若き王、アルデヴァンの寵愛が一人の少年に注がれている事だった。


朝は定刻に起床し、昼には政務。
会議、国事、行事も至って誠実に執り行うが、退出の時刻になるとすぐさま自室に下がってしまうのだ。




今も、大臣の前の玉座は空だった。
つい先ほど、退出の鐘が鳴り響いたばかりにも関わらず。

「飽きるのを待つしかないか」

齢二十九になる王の、世継ぎは未だにいない。
その少年が王の寝所に侍るようになって三年。
王は一度も後宮に足を踏み入れておらず、世継ぎの出来ようがなかった。

大臣はもう一度美髭を揺らし、ため息をつく。
恭しく一礼をし、空の玉座に背を向けた。




煌びやかな刺繍を施した肩掛けの裾が金の廊下に波打つ。
王は足早に自室に向かっていた。

先触れの足が遅い事に業を煮やし、それを追い越して駆ける。
陛下、と咎める声を背に、靴音も高く長い回廊を進んだ。

そして、自らの手で自室の扉を開ける。

「ただいま、リル」

肩を揺らして、部屋の中にいる少年に満面の笑顔を向ける。

「おかえりなさいませ、陛下。お早いお戻りですね」

返ってきたのは、鳥の囀りのような美しい声。
アルデヴァンはたまらず、扉も開けたままリルへ歩み寄る。

「逢いたかった」

心からそう言って、王はリルの細い体を抱きしめた。

決して身長が高いとは言えないアルデヴァンだが、リルの小柄な体を抱けば、それは気にならない。
けれどそのリルの背も十五になった今年の春から少しずつ伸びていた。



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