夏の庭にて
「僕っ…あの、き、今日はもう、帰りますっ」
そう言って振り返ろうとしたけど、できなかった。
アレン様の手が胸の前で組んだままの僕の手をぎゅっと握ってきたのだ。
「ア、アレン様っ…!は、離して、下さい」
しどろもどろになりながら言う僕に、アレン様は真剣な眼差しで問う。
「ハルアは、わたしに触れられるのが嫌かい?」
「ち、ちが、そ…なじゃ…」
重なった手は、土で汚れ日に焼けた色と手入れされた透き通るような綺麗な色。
「アレン様の手が、汚れて、しまいます…だから、」
滲んだ涙が一雫、僕の頬をつたった。
どうか離して下さい、と続けようとした僕の唇に、柔らかいものが触れた。
アレン様の、伏せられた長い睫毛が目の前にある。
……?
状況が理解できないまま、柔らかい感触が僕の唇から消えた。
「すまない、ハルア。…明日までは我慢しようと思っていたのに」
小さな声で僕に語るアレン様の顔が今までにない程近い。
「ハルア」
アレン様の顔が目の前から消えたかと思うと、今度はその腕に抱きしめられていた。
「…っ!」
やっと今の状況が理解できた。
先程の柔らかな感触の正体も。
「手や服が土で汚れるくらい、構わない。好きなんだ、ハルア。だから、わたしは――」
耳に直接囁かれるアレン様の声は、聞いたこともない艶めいた響き。
甘い言葉に胸が高鳴って、眩暈がする。
「……嫌かい?」
少し体を離して僕の髪を撫でながら、アレン様は首を傾ける。
その問いに、ぶんぶんと首を振ることしかできない僕。
感激のあまり、言葉が出ない。
「嫌じゃない?なら、今夜ハルアの時間をわたしにくれる?」
こくこくと頷いたあと、はたと首を止めた。
今夜、って?
「日付が変わる瞬間に、ハルアの傍にいさせて欲しい」
僕の疑問を察したように、アレン様はとろけるような眼差しで僕を見つめた。
明日からは火の季節。
火の季節がきたら僕は十五歳に、成人になる。
それに気づいて、僕は顔を赤らめた。
同時に、アレン様が口づけのあとに言った言葉の意味にも気づく。
もしかして僕は長い間アレン様に我慢させてしまっていたんだろうか?
そう考えて見つめた先、アレン様の瞳はただ、どこまでも優しかった。
その夜。
僕はアレン様の部屋で、庭での言葉の意味を、僕のすべてをもって知る事になる。
足元で揺れるブルー・パールの蕾。
甘く囁かれた、言葉。
――君に、触れたい。
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