甘露

目覚めた時と同じように、潮の香りをした風が緩やかにセヴィを包む。

「午後から、外に出ようと思っていたんだけどな…」

長椅子にうつ伏せになり、ぽつりと零したセヴィの傍ら、手を伸ばせば届く距離には最愛の人。

「何をするご予定で?」

主の乱れた髪を、従者は優しく撫でる。

「うん…真珠をね。取りに行こうと思っていたんだけど」

「真珠を?海に潜ってですか?」

「そう。流行っているんだって。…す、好きな人に、プレゼントするのが」

顔を隠して照れるセヴィにディーは微笑む。

普段は表情の少ない口元が、こんな風に和らぐことを知っているのはセヴィだけだ。

「なら、わたしが行きます。セヴィ様はこちらで休んでいて下さい」

「でも…っ」

セヴィが上半身だけを起こすと、座面についた手を取られた。

「海に潜って、セヴィ様の身に万が一の事があったら大変ですし。泳ぎはあまり得意ではないでしょう?」

身を起こしたセヴィの横に座り、腰に腕を回す。

「この夏はたくさん泳いだし、それに…!」

「ダメです」

きっぱりと言うディーに、セヴィはいつものように口を尖らせた。

「この部屋から、わたしが潜るのを眺めていてください。飛び切り美しい真珠を手に入れて見せます」

それでも抗議しようとするセヴィを宥めるように、手の甲に口付けを落として。

「セヴィ様の為に」

ディーは自信たっぷりに笑って見せた。



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