甘露
「都ではあまり聞かない花だ」
「そうですね。暖かい地域の花ですから。さ、セヴィ様お御足を」
顔を拭き終え、水盤の中に浸していた足をあげるように促す女従。
「足は…まだいい。それよりディーはどこ?」
しかしセヴィはそれを拒んで、一番の従者の名を呼んだ。
女従たちは主の彼に対する熱中ぶりを知っていたので、くすくすと笑う。
「ディディン殿はセヴィ様のお召し物を選んでいらっしゃいますよ」
女従が言い終えるのと同時に窓の反対側にある扉が開いて、従者ディーが姿を表した。
引き締まった痩躯に身軽な夏服を纏い、南の種族、ラーミリアン特有の褐色の肌を晒している。
肩の辺りまで伸びた黒い髪を一つに結って、長い前髪の下にある顔はセヴィに比べると表情に乏しい。
そして瞳は、海の底で月の光を浴びた真珠のような、美しいムーングレイ。
無表情のディーの登場に、セヴィは頬を緩めて言った。
「あとはディーにやってもらうから、皆は下がっていいよ」
やはり女従たちは笑いながら主に礼をして、ディーの横を通り過ぎて行く。
残されたディーは華やかな色をした衣装を抱えて、女従たちとは逆、セヴィの座る長椅子の方へと歩んだ。
ディーを待ち構えて、セヴィは水盤から右足を上げる。
衣装を置き、傍らに膝をつくと布を手にして主の足を清めた。
水の音と、爽やかな芳香が二人を包む。
セヴィは女従たちが扉を閉めたのを確かめて、ディーに問いかけた。
「いつの間に、いなくなってたの?」
「夜明け前には。一度、自室に戻って身支度を」
「起きて、隣にディーがいなかったから、びっくりした」
「すみません。でも、本宅とは勝手が違うのですから。我慢して下さい」
ディーの素っ気ない返事に、むう、と口を尖らせてセヴィは右足を勢いよく水に沈める。
慣れた様子で左の足を持ち上げて、右足と同じように布をあてた。
←[*] 2/5 [#]→
目次へ
MAIN