甘露

ダナン大陸の南東。
海側には貴族の別荘が多く存在する。

寒さの厳しい北に比べて、暖かい南の海。

下級貴族、ハッシェル家の別宅もその地にあった。

王都・エルティスで『変わり者のハッシェル』の異名を取る貴族の邸宅は、南との貿易で成り上がった一族らしく、その趣も他の貴族の別荘とは一線を画す。



その別荘の一室。
セヴァーテック・ハッシェルは、更紗の夏地の寝具の中で目を覚ました。

王都の朝とは違い暖かさの残るこの地では、重い羽入りの寝具など必要ない。

さらさらとしたシーツの海を何か探るように手を伸ばしたが、そこにあるのは白い微睡みと、仄かな海の香。

それだけだった。

「セヴィ様、お目覚めですか」

ゆったりとした女従たちの声に返事をし、あくびを一つ。

ベッドの上に起き上がれば、ぼさぼさの髪を笑って、女従の一人が頭を撫でてくれる。

ぼんやりとしたまま、手のひらが頭を撫でるのに任せる。

薄いガウンの前を合わせてベッドから降り、薄紫の繻子張りの長椅子に腰を下ろした。

開け放たれた大きな窓から、潮の香りが運ばれる。

晴れた空の下、海の水面はキラキラと輝いて、眩い宝石のようだ。

女従の一人がセヴィの足元に銀の水盤を置く。

温められた水を次々と流し入れ、浅い水盤はあっという間にたっぷりと水を湛えた。

また別の女従が籠の中から水面に散らすのは、水色の花びらと、大きな白い花。

ふっくらと厚みのある花弁は縁だけミントグリーンをしていて、爽やかな芳香を立ち上らせた。

花の移り香のする布で顔を拭いてもらうために、セヴィは目を閉じる。

瞼をおろすと、一層強く爽やかな香りがした。

「いい香りだね。何の花?」

「ピフィスの花です。昨夜は少し暑かったので、涼しげな方が良いかと思いまして」

セヴィが問うと、女従の一人が得意げに答える。



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