三日月を抱いて眠れ

もう一つため息をつき、フィウゼーヌは取っ手を掴む。

扉を開けると真っ白な衣装に身を包んだ少年は、頭を下げて必死に訴えた。

「僕は、確かにチェルニ様のお部屋へ行くように言われました。帰されると楽士長に叱られてしまいます。どうかお部屋に入れて下さい…!」

飾り糸を編み込んで後ろで結われた髪が、床に向かって落ちる。

震える肩を不憫に思って、フィウゼーヌは少年を部屋へと招き入れた。



「着替える間、何か…そうだな、疲れの癒されるような曲を」

脱ぎかけだった靴に手を掛け、思いきり引っ張る。

少年楽士は窓際の椅子に腰掛けると、迷いなくハープを爪弾き始めた。


穏やかな音色だけを辿って、煌めく弦が揺れる。


高い音は鳴らさず、ゆったりとした速度で奏でられる旋律。

不快な音は耳になく、夜にとけ込むような音だけが部屋に響いた。

寝間着のガウンに袖を通しながら、フィウゼーヌは目を細める。

普段から真面目に練習をしているのだろう、澱みのない音色と懸命に指を動かす姿が好ましく思えた。


着替えを終え、杯を持って少年の向かいに腰掛ける。

長椅子と同じようにふかふかとした座面がフィウゼーヌの体を包んだ。

視線の先は、少年の細い指。

丁寧に磨かれた爪が光って、弦の上に軌跡を作る。


フィウゼーヌの眼が向けられているのを気取って、見つめ返してくる少年の瞳は深い緑。

眼差しを縁取る睫はハープの弦よりも繊細に揺れていた。



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