白金の宵
声変わりをして僅かに低くなった声に、細いとはいえ締まった体。
銀糸のようなプラチナブロンドは手入れがいき届いて、アルデヴァンが触れる度にさらさらと音を立てる。
上質な絹地のように白く滑らかな頬に唇を這わせれば、その少し上にある紺碧の瞳が喜色を孕んで細められた。
金の蛹が、真珠の羽をした蝶になるように。
リルは変貌しようとしていた。
後宮に住まう美姫たちのまろやかな色香とは違う、けれどそれをも擁した鋭い艶。
頭の頂きから爪の先まで、毎夜、余すところなく王に愛でられて。
美しい少年から、麗しい青年へ。
そしてそれは、希代の若き王の全てを虜にする。
「今日は、昼食もご一緒したでしょう?」
アルデヴァンの唇の雨を額や首筋に受けながら、リルは困ったように笑う。
「昼食の後、南に整備したばかりの水場を視察に行ったのだ」
「ああ、ロデアの泉ですね?いかがでしたか?」
体を少し離して、リルは王を長椅子に座らせる。
尚もリルの体を引き寄せようとするが、リルは扉を示してそれを拒んだ。
少し残念そうな顔を作って、口を開く。
「水を湛えた泉が、リルの瞳に似ていたからリルに逢いたくなった」
「そうですか。そのように水が豊かなら、ロデアの泉は良い水場にな…、あっ!!」
扉を閉めに行こうとしたリルの腕をアルデヴァンが強く引く。
思わぬ力にリルの体は容易くバランスを崩した。
「陛下!」
やんちゃな子供を叱りつけるように、少し大きな声でリルは言う。
「リル、『陛下』ではなく」
「ダメです。まだ扉が開いていますよ」
「名を呼んだら、扉を閉めさせてやる」
「いけません」
「リル…」
子供のような態度とは裏腹に、アルデヴァンの声の響きは低く妖しい。
宵闇の双眸に見つめられれば、リルの鼓動は高く脈打つ。
白金の映える、瞳と同じ色の黒髪がリルのまぶたのすぐ上で揺れた。
「アルディ…扉を」
名を呼んでもらえたことに破顔して、アルデヴァンは腕を離す。
急いで扉を閉めにかかったリルの耳に、やっと追いついた先触れや従者達の足音が聞こえた。
彼等の足音を遮るように扉を閉め、長椅子の方へ向き直る。
「扉を閉めるまでは、といつも言っているでしょう?」
王は肩掛けを取ろうと腕を動かしながら事も無げに言う。
「放っておいても、いずれ誰かが閉めるさ」
その言葉に、リルはため息をひとつ。
「また、そのような事を…」
肩掛けをはずすのを手伝って、取ったそれを長椅子の背にかけた。
少し身軽になったアルデヴァンがリルの体を抱えたので、答えを知っていながらも問う。
「お食事は?」
「あとで摂る。先にリルを隅々まで味わいたい」
甘い言葉が、リルの耳元で囁かれる。
熱い吐息に紺碧の瞳を揺らして、リルは白い腕を王の首に絡めた。
百官の長、万民の憧れ。
魔導の国の君主、アルデヴァン・セ・キーラ・オズランデ。
その寵愛は一人の少年に一心に注がれている。
オズランデの大臣達の悩みの種はしばらく尽きそうもない。
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