南を離りて
朝餉代わりの渋茶で喉を潤して、昨夜と同じように腰に縄をされたまま移動した。
天幕の中は変わらず血と薬草の匂いと、悲痛な呻きに満ちている。
けれど、昨夜と違う所もあった。
レヴィが手当てをするよう命じられた、重傷の兵士はもうそこにはいなかった。
別の重傷者の横に座らされ、斜め後ろを見上げて問う。
「昨夜の方は」
レヴィを睥睨する灰色の瞳は、どこか複雑な色をしている。
「夜明け前に、死んだ」
短く言って、横たわる兵士を見下ろす。
「早く、手当てを」
言われるままに、回復魔法を唱えた。
レヴィによって紡がれた呪文と指の印に、白い光が導かれる。
昨夜のものより力強い光で、傷を負った兵士の身体の上に薄い膜ができる。
水とも煙ともつかないそれは、ゆらゆらとたゆたって、包帯の隙間へ潜り込もうとした。
「包帯をとった方がいいです」
レヴィが言うと、後ろに控えていた兵士が手慣れた様子で包帯を解いた。
白い前掛けをしている彼は、軍医なのかもしれない。
レヴィの指先が印を描き、白い光が傷口を覆うのを食い入るように見つめている。
固唾を飲んで見守る彼の視線の先、傷口に白い光が溜まって、縁にぷつぷつと浮かぶ白い泡。
その泡を弾くようなイメージで、人差し指を揺らす。
肉と肉の繋ぎ合わさる音が聞こえてきそうな程、レヴィは真摯に兵士の傷口に向き合った。
大きな傷口を塞ぎ終えると、意識を取り戻した兵士が、横たわったまま、眉間に皺を寄せ、僅かに首を振った。
声を掛けようとする軍医を制して、レヴィは兵士のまぶたを小指の腹で優しくなぞる。
「ルフス・イル・ラ」
漣のような調べをしてレヴィが唱えると、眉間が弛緩し、安らぐ表情を見せた。
「…もう、大丈夫です」
暫く容態を観察したあと、レヴィはほっと肩を落とした。
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