南を離りて
オズランデの魔導士達は、回復魔法のおかげで、こんな風になるまで、傷を放っておかれることはない。
苦しみ抜いて死ぬことはないのだ。
一瞬にして命を落とす以外、魔導士は死に蹂躙されることはない。
「手当てを。回復魔法が使えないとは言わせない」
レヴィの人差し指の魔導士印章を睨みつける、苛烈な灰の瞳。
震える唇で、回復の呪文を唱え、指先で印を描く。
けれど仄白い光がちりちりと指先から紡がれただけで、兵士の身体には何の変化も起こらなかった。
「…駄目です。魔力が、もう残っていない」
森の中で魔力を使い果たして倒れた。
底をついた魔力は、まだ回復していないようだ。
けれど、隣にいる彼は、そう言われたからと言って大人しく引き下がる男ではない。
「死ぬつもりで絞り出せ、手当て出来ないというなら、どちらにしろ殺さねばならん」
「無いものは無いのです。手当てをしたくとも、できない…」
静かに、レヴィは男の灰色を見つめた。
――濁った、水の色にも見える。
煙、ではなく。
「殺しますか?…わたしを」
レヴィの蒼い瞳が僅かに潤んだ。
水と食料をやるから、明日の朝までに魔力を回復させろ、と命令され、質素な天幕へ戻された。
負傷者のいた所からも、兵卒のいる野営地からも離れた場所は、ひっそりとしている。
乾いたパンと、野菜と塩漬けした肉の入ったスープを少し口に入れて、固い地面に横になった。
明日、魔力が回復していなかったら、自分はどうなるのだろう。
戦場にいても、どこか縁遠かった死を前にして、レヴィは震えた。
おそらく、オズランデの魔導士の中で一番『死』に近い所にいる自分。
疲れているのに、目を閉じても眠ることはできない。
放り込まれた悪夢の中で、抗う術は何一つないのだ。
魔力に頼りきって、刃物の一つも身につけていなかったことを呪った。
尤も、捕虜になった時点で刃物を持っていたとしても、取り上げられていただろう。
天幕の外、草木の揺れる音に耳を澄ませて、眠れないまま朝を迎えた。
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