南を離りて
「魔力は封じてある」
低い声がしたかと思うと、天幕の入り口が上げられ、一人の男が入ってきた。
「騎兵の国の者でも、魔法に関して、それくらいの知識はある」
男は小さく笑って、レヴィの前で腕を組んだ。
オズランデの民は総じて、ロポロスの民よりも華奢な体躯をしている。
ロポロスの兵士の体格をレヴィももちろん屈強だと知っていた。
しかし、今目の前にいる男はどちらかと言えば体躯は細い。
にも関わらず、身に纏った雰囲気はレヴィが今まで見たどの兵士とも違っていた。
敵の魔導士でさえ、言葉をなくす程の圧倒的な覇気。
研ぎ澄まされたそれは、しなやかでいて力強い、水の流れに似ている。
目を覚ました時に薫った、微かな水の匂いの正体を、レヴィは見た気がした。
驚愕のあまり、ひゅ、と喉を鳴らしたレヴィを見下ろして、男は口を開く。
「無茶はするなよ、周りには兵がごまんといるぞ」
そう言って、レヴィに目線を合わせて身を屈めた。
「死にたくなければ、言うことをきけ」
くすぶる煙のような、灰色の瞳がレヴィの目の前で揺れた。
腕と腰に縄を打たれたまま、レヴィは天幕から出された。
訳も分からぬまま、数人の兵士に囲まれ別の天幕へ連れて行かれる。
先頭は、灰色の瞳をした兵士だ。
どうやら彼が一番上官らしい。
血の匂いと、薬草の匂いが充満したそこは、負傷した兵士を休ませる為の場所だった。
聞こえるのは、呻き声と外の竈で炎のはぜる音だけ。
「重傷の者から手当てをしろ。その間だけ、呪[じゅ]は解く」
言われるままに、一番奥の負傷者の所へ縄を引かれて連れて行かれた。
よろめいて、包帯だらけの身体の横に膝を着くと、焦げた肉の匂いと、腐った傷口の匂いがした。
「…っ、!」
口と鼻を手で覆って、こみ上げてくる胃液を抑えこむ。
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