海の音色

「セイン様?あの…聞いてますか?」

話続けていたシャナは、どこか上の空なセインを訝しむ。

「聞いているよ。海を見て、それで?」

少し膨らまされたシャナの頬を魔導士印章で作られた指輪をはめた手で優しく撫でる。

中指に光る菱形の印章の下で、木の特級魔導士である事を示す、緑色をした雫型の宝石が、音もなく揺れた。

「はじめて海を見たので、感動して、思わず…」

セインと同じ、指輪の魔導士印章をした手を掲げるシャナ。

誇らしげに微笑んで、親指と中指を軽く合わせて、小さく呪文を唱えた。

それと同時に合わせた親指と中指を人差し指で、トントンと、叩く。

細い指先から、薄い色をした球がほわんと上がる。

「音綴じの呪文だね。よくできてる」

シャナの指先から離れてふわふわと目の前に漂う半透明の球を、セインが指先で弾くと、部屋の中に低い音が広がった。

魔法を褒められた事が嬉しいのか、はじめて見た海の情景を思い起こしているのか、頬を紅潮させてシャナが続ける。

「はい。思わず、綴じてきてしまいました」

部屋に広がるのは、海辺の音。
砂浜に打ち寄せる、さざ波の音色だ。



ざ、ざ、ざ、ざ……ん―――。



直接耳に響いてくる心地の良いリズムに、セインは眼を閉じて聞き入った。

「波の音を聞くのは、久しぶりだ」

「そうなんですか?」

セインの腕の中でシャナが小さく首を傾げる。

「最近の仕事はずっと、都でだったからね」

特級魔導士ともなると、滅多なこと以外では王都を離れる事はない。

セインは少し残念そうに言って、シャナにもう一度音を綴じた球を出してくれるように頼んだ。

シャナは快く頷いて、先程と同じように軽く合わせた親指と中指を二回、人差し指で叩いた。

今度はシャナ自身が、指先から放たれた球を弾く。


響く波の音と、シャナの声が緩やかに重なった。

「セイン様、今度一緒に、海に行きましょうね」

返事の代わりに再びシャナのまぶたに口づけて、セインは微笑む。


言葉にするより雄弁に、その微笑みはシャナの誘いに対する喜びを隠せずにいた。



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