海の音色

「セイン様、ただいま戻りました」

息を切らせて部屋に駆け込んで来た少年に、オズランデ国の木の特級魔導士、セイン・ロメルダは眼を細めた。

「おかえり、シャナ」

穏やかな声で少年の名を呼び、胸に飛び込んでくる小さな身体を抱き留める。

淡い桜色の瞳を滑らかなまぶたの下に隠して、十日ぶりのシャナの温もりに感じ入った。


シャナはセインの弟子であり、下官であり、恋人でもある。

成人したばかりの少年に心を傾ける事に、躊躇いはあった。

更に、同性であること、成人したばかりの少年である事を除いても、セインには躊躇う理由があった。

シャナが、セインとは異なる種族だからだ。

オズランデ人であるセインに対して、シャナはホルフィーズの民だ。

ホルフィーズの民、ホルフィジアンはオズランデでも数少ない種族。

数少ない理由には、オズランデの王族が深く関わっている上に、現在ではホルフィジアンとオズランデ人の結婚は認められていない。

数少ないホルフィジアンという種族の血を絶やさない為に。

「…っ、セイン様!ちょ、ちょっと苦しい、です」

セインの腕の中でもぞもぞと身じろいで、それでも離れようとはしないシャナ。

セインを見上げるその瞳は薄茶色に潤んでいる。
その薄茶の瞳の中には、金色をした花の模様が刻まれている。



ホルフィジアンの、ホルフィジアンたる由縁。



オズランデの魔導士達が喉から手が出るほどに欲する、強い魔力の源。


金の花の咲く薄茶の瞳に唇を近づけると、シャナは軽くまぶたを伏せてセインの口づけを受けた。

まぶたを閉じて抱き合っていれば、二人の間には何の壁もない。





「シャナ、仕事はどうだった?」

シャナはセインと共に暮らす王都エルティスを離れ、魔導士としての仕事を終えて来たばかりだった。

「特に難しくもなかったです。きちんと予習して行きましたし。上級魔導士の方も何人か一緒でしたし…」

少し興奮した様子で仕事の顛末を語るシャナを抱きしめたまま、セインはその温もりを愛おしんだ。




道ならぬ恋だと、理解しているけれど。

シャナ対する想いを止める術を、セインは持たない。



どんなに制御しても溢れてくる感情に、セインは耐える事を放棄した。

そして、そんなセインの想いに、シャナはしっかりと応えてくれたのだ。



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