氷食む獣

アイラはそのまま酒杯の縁に口を付け、ヴァルアンの手を借りて酒を含んだ。

閉じられた紅色の唇が、ヴァルアンの鼻先に迫る。

「アイ、ラ…」

上擦った声で名を呼べば、すぐあとに酒の味が口に広がった。

アイラの口内から直接流し込まれる薫り高い美酒。
けれど、酒の味など今は分からない。

その唇の柔らかさに、ヴァルアンは目を眩ませる。

見開いたヴァルアンの瞳に映るのは、目の前にある伏せられた睫毛。
長い睫毛が揺れて、まぶたの下から瑠璃の色が覗いた。

唇を重ね合わせたまま、交わる視線。
味わったこともないその艶に、口の端から酒が滴り落ちる。

ヴァルアンの下唇を甘噛みしつつ、アイラの唇がゆっくりと離れていった。

「ヴァルアン様…」

鈴のふるえるようなか細い響きで名を呼ばれ、零れた酒の雫に唇を寄せられる。

口の端から顎へ。
そこからさらに下、首筋へ。

雫は垂れていないはずの服の袷を解かれ、鎖骨を吸い上げられれば、息が上がった。

「っは…、…アイラ」

嘆息だけでヴァルアンの体の変化に気づいたのか、アイラはその手を取ってヴァルアンを立たせる。

「どうぞ、こちらへ」

衝立の向こうにある閨房へ緩やかな動作でヴァルアンを誘[いざな]った。





衝立の前、立ち竦むヴァルアンの前でアイラはその体を包む布を解く。
しゅっ、と衣擦れの音がしたかと思うと透明な肌の上を滑るように、絹の衣が床へ落ちた。



蟠った闇の中、露わになったその肌は燐光を放っているかのように白く眩い。



衣から足を引き抜いて、ヴァルアンに見せつけるかのように寝台に横たわるアイラ。

錦の夜具に絡みつくようにすらりと伸びた脚。
緩やかな曲線を描く腰の線。

まだ大人になりきっていない上の半身は呼吸をするたび、かすかに波打っている。

「ヴァルアン様…こちらへ、来て下さい」

少しの気負いもない穏やかな声音で導かれて、知らずヴァルアンの足が進んだ。
寝台の傍へ寄れば、白い肌はますます輝いて、身体の芯に熱い炎をともす。

腕をとられ、拒む間もなく寝台に引き寄せられた。

床から寝台まで、さほどの高さはない。
横になったアイラに覆い被さるような格好でヴァルアンは錦にその身を沈めた。


衣越しに伝わるアイラの肌の、氷のように冷たい温度。


正反対に、熱くなってゆくヴァルアンの体。


戸惑うヴァルアンに微笑み、アイラはゆっくりと、握ったままのその腕を胸のあたりへと導いた。



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