氷食む獣

――何故、こんな事に。

アイラを馬に乗せて店へ送ったヴァルアンは、アイラの話を聞いた店の者に部屋へ通された。

酒肴が運ばれ、店の主という中年の男性から跪いて感謝される。

「助けて頂き誠にありがとうございました。アイラの要望です。花代は結構ですので、どうぞお寛ぎ下さいませ」

さあさあ、と店主に杯を持たされ酒を注がれる。

「衣服を整えたら、アイラがすぐに参ります。どうぞご一献」

ヴァルアンの右手の杯は品の良い白磁。
模様は緑の草木に淡い金の花弁。

店の外観も部屋の内装も、煌びやかな装飾に慣れたヴァルアンの眼に眩しい、品の良いものだった。

高級な店には慣れているが、廓遊びに慣れていないヴァルアンはどことなく落ち着かない。

しかも、階下で見たのは皆、男娼。
女性と言うには鋭すぎ、男性と言うにはまろやかすぎる、妖艶な少年達。

つまり、ここは普通の娼妓を贖う店ではなくそういう、専門的な店なのだ。


「失礼致します」

「おお。アイラ、来たか。こちらへ」

店主の言葉に、髪と衣服を整えて部屋に入ってきたアイラがヴァルアンの横に座る。

「二度と護衛をつけずに店の外に出るのじゃないぞ。ヴァルアン様のような方がその度に助けてくれると思ってはダメだ」

アイラに言って、店主はヴァルアンに再び頭を下げた。

「本当にありがとうございました。お礼のしようもございませんが、どうぞ一晩、お楽しみ下さいませ」

直接的な言葉を残して、店主は部屋をあとにした。
それを見送って、アイラはため息をつく。

「僕のような男娼が、護衛を付けて道を歩いたら、その方が目立つとお思いになりませんか?」

「ん?あ、ああ…。そう、だな」

酒器を持ち上げながら、ヴァルアンの杯を見て、首を傾げるアイラ。

「ヴァルアン様、御酒はお嫌いですか?」

「そんな事は、ない」

緊張して喉を通らないのだなどと、口が裂けても言えない。
しかし、酒杯を持つヴァルアンの手は震え、注がれた酒も微かに波打っている。

それを見てアイラはくすりと笑う。

「僕が、飲ませて差し上げます」

言葉と同時にアイラは酒杯を持つ手に白い指を這わせる。
その冷たさに、ヴァルアンの体がびくりと跳ねた。

「ああ。零れてしまいましたね」

「っ!」

手に零れた酒をアイラの舌が舐めとる。
その感触だけで、言いようもない熱がヴァルアンの背筋を駆け上がった。



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