氷食む獣

闇に煌めく銀の環に、赤い宝石と精緻に彫られた紋様。

「これなら、一ヶ月は遊んで暮らせるだろう?」

男達の眼は驚きと歓喜に見開かれている。

「その子を離して、十歩下がれ」

ヴァルアンが言うと、少し名残惜しそうに男達は少年の腕を離した。
腕をさすりながら、少年がヴァルアンの元へ駆け寄る。

「あの…」
「後ろの馬車が見えるか」

口を開こうとした少年の言葉を遮って、ヴァルアンは小さな声で言った。
少年はこくりと頷いて緊張した面もちでヴァルアンを見返す。

「わたしが合図したら、あの馬車まで走れ」

十歩離れた男達に聞こえないように呟いて、右手に持った腕輪を路地に向かって勢いよく放った。

「行け!」

それと同時に少年の肩を後ろ手に押し、馬車の方へ。

男達は獲物を追う野犬の群れのように、尻尾を振りながら宙を舞う腕輪のあとを追っていった。





「ありがとうございました」

御者台の横で頭を下げるプラチナブロンドの少年に、従者は口をぽかんと開けて見とれている。
ヴァルアンが窘めると、慌てて口を閉じ、ゴクリと喉を鳴らした。

「道を通るついでだ。気を付けて帰りなさい」

馬車に乗ろうとするヴァルアンの腕を、少年が掴む。

「あの、お礼をさせて頂けませんか?」

「礼?」

「はい。お嫌でなければ、どうぞ僕の店に」

店に来いと言うからには、客として、ということだろう。
ヴァルアンには男色の気はなかったので、断ろうと口を開く。
それを従者に遮られた。

「馬を一頭外します。わたしは一人で屋敷に戻りますので、どうぞお行きになって下さい!」

鼻息荒く馬を外しにかかる従者に、ヴァルアンはよせ、と制する。

「いいえ!だって、あの子、アイラですよ!誘われてるんだから行かなきゃ!」

「アイラ?」

「そーですよお!ヴァルアン様ご存知ないんですか!?『氷のアイレニール』!!」

――氷のアイラ。

一夜抱くのに、どんな高級娼妓よりも金のかかるという、超高級な男娼。

「さっき名前を聞いたので、間違いありません!!」

いつの間に、そんな事を。
呆れたように振り向いて、美しい少年を見ると、アイラは困ったように笑っていた。

「名ばかり有名なのも困りものですね。お代は結構ですから、店にいらして下さい」

瑠璃の瞳が瞬くのを見て、ヴァルアンは自分でも気づかぬうちに首肯する。

馬車から外された馬の蹄の音に我に帰ったが、すでに遅かった。



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