氷食む獣

声の数からして男が三人、遊女にからんでいるようだ。

「金を払えばいいのだろうに。無理矢理連れて行こうとするとは…」

裏通りにあるような店ならば、花代もそんなに高くはないだろう。
やれやれ、と首を振りながら肩掛けを頭の上まで引っ張って被せる。
髪と顔が見えないように配慮して、馬車を降りた。

「お前は、降りるな」

御者に一言だけ言って、いきり立つ男達の方へ進んだ。



「おら!」

「…っ痛い!離してっ!」

細い腕を取り、今にも拐かそうとする男達に向かってヴァルアンは落ち着き払って言う。

「悪いが、ここをどいてくれないか」

どこか高貴な響きを持つよく通る声に、男達は振り向き、たじろぐ。
顔が見えないのも、男達の恐怖を煽った。

「…何だ、てめぇは」

後ろの二人の年齢から見ても、この男が頭だろう。
筋骨隆々のいかにも粗野な中年だ。

「名乗るほどの者ではないよ。ここを通りたいのでその子を離して、行ってくれないか」

「あぁ?」

「ふざけんな!」

後ろの少し若い二人が、気負って前に出る。
一人は遊女の腕を掴んだまま、もう一人はヴァルアンのすぐ前まで来て、布に隠れた顔を睨みつける。

「……待て」

それでも微動だにしないヴァルアンに、頭の男は何かを感じ取ったのだろう。
前に出た若いのの肩を引いて制した。

「どいてやってもいいし、こいつも離してやってもいい」

後ろの若いのから、遊女の腕をもぎ取ってヴァルアンの前に突き出した。

「っ…た」

痛みに歪められたその双眸は瑠璃の色。
抵抗して乱れたのであろう髪は、薄闇にも明るい白金に輝く。
それよりも白い、まるで石英の彫刻のような透けた肌。

しかし、その体躯はどう見ても遊女のそれではなかった。

――男娼。

ヴァルアンは美しい少年に目を奪われる。
焦茶の瞳と瑠璃の色が交錯して、静寂がヴァルアンの周りを包んだ。


その間に、頭の目線がヴァルアンの背後にある馬車を捉えた。
四頭立ての、飾り立てられた馬車を。

「…その代わり、通行料をいただくぜ。揉め事は困るだろう?」

少年から目を離し、中年の頭へ向ける。
下品な笑いに髭面の口元を歪ませている。

「…なあ?お貴族さんよ?」

馬車を見て、ヴァルアンが貴族だと理解したのなら、それ程莫迦ではないのかもしれない。

「分かった」

ヴァルアンは左腕から腕輪を一つ取り、すっと右手に掲げる。



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