夏休み最後の日

蝉の声も隆盛を過ぎ、水泳部の夏の大会も終わった。

部長だった俺の最後の戦績はあまり芳しくなかったが、後輩に未来を託す事はできた。

それでも、学校のプールに来てしまうのは。

水が恋しいからだろうか。



部活の後、残った数人で軽く泳いで制服に着替える。

ひんやりとしたタイルを足の裏に感じながら、自問自答したその答えが間違っている、と悟った。

「腹減ったー何か食って帰ろうぜ」

「おう。行くだろ?早く着替えろや」

同級生に促されるが、着替えの最中の手は止まったまま。

美術室のある北棟の方角を見上げる。

――水、よりも。

「…悪い。俺、行く所がある」

シャツの釦も半端のままで、更衣室を出た。



プールを見下ろす北棟の端にある水飲み場を目指して走る。

泳ぎ疲れて体は重い筈なのに、前に進む足は速い。

けれど到着したその場所に、目的の人物はいなかった。


舌打ちをして、美術室まで上がろうと裏口へ回るとその途中にあいつはいた。

スケッチブックとペンケースをを左手に持って、悠々と歩く後ろ姿。


艶やかな青葉の陰が、白い制服のシャツの背に不思議な模様を描く。


その模様を乱すように、腕を掴んだ。

「びっくりした……。どうしたの?」

言葉の通り、俺の姿に驚いて目を丸くするのを見届ける。

答えようにも、息が切れて喉を通り過ぎてゆくのは荒い呼気だけ。


どちらにしろ、今の俺の気持ちを言葉にすることなんてできはしない。


だから、掴んだ腕を引き寄せて。
腕の中に、彼を抱いた。

――水、よりも。

そう、水よりも。
今、抱きしめているこいつが恋しかったんだ。

自らの問いへの確たる答えを見つけて、思わず小さく囁いていた。

「お前が、…好きだ」

腕の中、彼の抱えていたスケッチブックとペンケースが土の上に落ちる音がきこえた。



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