ネクタイを結ぶのは嫁の仕事です

配られた進路調査用紙に何を書いていいか分からず、机の上で唸っているとクラスメイトのみっちゃんに頭をつつかれた。

「学年集会行くぞー」

「うーん」

のそりと立ち上がってみっちゃんの隣をフラフラと歩く。

「ネクタイちゃんとしろ。風紀委員にチェックされるぞ」

うん、と返事だけをして、固結びになったネクタイをほどこうともしない俺。

みっちゃんは呆れたようにため息をついて、手を伸ばしてくる。

しょうがないなあ、とでも言うように、少し下がった眉を見つめるのが好きだ。

「…たく、俺はお前のかーちゃんじゃねえぞ」

お母さんだったら困る、と内心思いながら、今度は自分の首もとに注がれているみっちゃんの瞳を見つめた。

伏し目がちになったまぶたに並ぶ薄く短い睫毛が、妙にやらしい。

「他の学校はワンタッチ式なのに、どうしてウチは違うんだろうね?」

「さあ。サラリーマンになった時にでも、困らないようにじゃないのか」

思いがけないみっちゃんの言葉に、俺は目をぱちくりさせた。

「できた。…?どしたヘンな顔して」

「みっちゃん。俺、サラリーマンになるの?」

「俺が知るかよ。でもお前、勉強だけはできるからなー」

みっちゃんがいないとネクタイの一つも結べない俺が、サラリーマンに?

「あんまりピンとこないけど、みっちゃんがそう言うなら、第二候補にしとく。サラリーマン」

「第一候補は?」

今度はみっちゃんが驚いた顔をする。
俺が進路調査用紙の上で唸っていたのを思い出したのだろう。

心の中では決意していたのに、書くことのできなかった、俺の夢。

「みっちゃんの、お嫁さんになりたい」

「無理。お前みたいなのに家事任せて仕事に行くとか、冒険にも程がある」

かなり思い切って言ったのに、あっさりと断られてしまった。

「…っ!俺、花嫁修行するし。頑張るし!」

「しなくていい。お前はサラリーマンになって、稼いでこい。そしたら」

キレイな結び目を愛でるように、ぽん、と軽い音を立てて俺の襟元を叩くみっちゃん。

にやり、と笑って。

「毎朝、俺がお前のネクタイを結んでやる」

「みっちゃん…!」

俺の心を根こそぎ奪っていった。

喜びに潤む瞳で勢いよく抱きついたら、いつものようにみっちゃんは眉を下げた。


俺の夢、第一候補はみっちゃんのお婿さんになりました!



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