VANILLA
田舎の家屋の内には湿度を孕んだ暑気が充満していた。
蝉の声をどこか遠くに聴きながら、導かれるように冷凍庫を開ける。
開けた瞬間肌に当たるのはヒヤリとした冷気。
そのまま、ドアを開け放していたい衝動に駆られる。
けれど結局は目的の棒アイスだけを手にして、キッチンをあとにした。
勿論、冷凍庫のドアはきちんと閉めて。
包装紙だけをキッチンのゴミ箱に残して、室内を歩きながら冷たいアイスを口に含んだ。
唇に触れた所からじわりと溶けて、広がるのは爽やかな果実の香り。
冷たさを堪能しながら短い廊下を庭へ向かって歩くと、和室に面した縁側へと繋がっている。
半分程になったアイスをくわえたまま、和室の一つを覗くと、畳の上に四肢を投げ出す少年の姿があった。
縁側、つまり庭の方へ向けられている足は、夏だというのに少年らしくない色をしている。
薄暗い部屋の中に扇風機の動く低い音だけが響いて、彼の呼気は微塵も感じられない。
俺の存在を感じ取ったのか、少年は少しだけ頭を持ち上げた。
誰にも何も言われないのをいいことに、肩に届きそうなくらい伸びた黒髪。
普段は鋭い双眸が、こちらを認めて僅かに細められる。
「イチ兄。僕にも、ちょうだい」
今にも消え入りそうな声でそう言われては、手の中のアイスを差し出すしかない。
部屋の奥へと進むと少年、ナツは仰向けになったまま、無防備に口を開けていた。
冷たい恵みが落とされるのを待っているのだろう。
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