ケモノノサガ

彼を始めて見たのは、その年も終わりに近い、寒い冬の夜のこと。

わたしは同僚達との忘年会の後、帰宅しようと駅への道を急いでいた。


繁華街の路地から聞こえた罵声と、何かを殴打するような音に反射的に立ち止まる足。

「何…」

恐ろしいことが、起こっている。
きっと、この路地の奥で。


華やかな夜の街のネオンも届かない、暗い場所。


前にも後ろにも動けずにいるわたしの前。

いつの間にか音の止んだ路地から、数人の男達がぞろぞろと歩いてきた。

さも今通りかかったように、彼らと反対方向に歩き、しばらくして、その背中が闇に消えていったのを確認する。

急いで路地に引き返すと、そこには派手なシャツを着た男が一人、倒れていた。


目を引くのは、その派手な柄のシャツより。
闇の中にも鮮やかな、眩い色に染められた髪。

ボサボサに乱れて、アスファルトの地面に散っているのが、何となくライオンの鬣を思わせた。

「だ、大丈夫ですか?」

ともかく意識を確認しようと、傷だらけの右手で、覆うようにしている顔の方へと近寄る。

目は隠れていたが、口元には血が滲んでいたし、シャツにもズボンにも、所々汚れがついている。

「大丈夫ですか?」

もう一度声を掛け、顔を覆う右手をどける。

閉じられていたまぶたがパチリと開いて、しっかりとわたしを見つめ返してきた。

「良かった。意識はありますね。痛いところは―、?」

肩に、手の重みを感じて。

どうしたのか、と問う前に体を引き寄せられてしまった。

「な…!?」

両肩を引っ張られて、体がバランスを崩す。
為す術もないまま、彼の上に倒れ込み、状況を飲み込めないうちに、唇に柔らかいものを感じた。

「―――、っ…!」

キスをされているのだと、理解した頃には、わたしの口内は血の味に染まっていた。

「ん〜…!っ、う゛〜、は、ぁ!…何、するんですっ!」

もごもごと抵抗して、やっと唇を放してもらえたと思ったら、彼は信じられない事を口にする。

「や、何か…。瀕死の危機でせーしょく本能全開で。好みの顔が目の前にあったから、つい」

傷だらけの風体と、下品なセリフに似合わない、透き通るようなキレイな声。

「ヤらせて?」

イエス、と答えるわけもないのに、彼の体はすでにその気のようで。

「…っ!」

絶句したまま、彼の体に覆い被さっているわたしの腰に、猛りきった生殖器を圧し当ててくる。

「…これだけ元気なら、手当ては必要ありませんね」

「寧ろ、元気すぎるから、手当てして欲しいなー」

真剣にそう答える彼の腕を、渾身の力で振り切って。

「さようなら」

冷たく言って、逃げるようにその場を去った。

「またね」

背中に投げかけられた、やけにはっきりとした彼の声が、いつまでも耳に残った。





逃げれば、追われる。

この時のわたしは、まだその事に気づいていなかった。



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