花、愛でつ
あの人が、僕に直接触れてくれない理由。
それは、僕が「花」ではないから。
冬でも花の咲き誇る温室の、隅に置かれたデスクが、加島[かしま]さんの定位置だ。
「こんにちは。肥料届けにきましたよ」
ノックもせずに、というか加島さんはノックをしても気付かないので、挨拶しながら温室のドアを開ける。
「やあ。晴[はる]くん。久しぶりだね」
日に焼けた肌の、顔をこちらに向ける加島さん。
髪には少し、白髪が混じって、僕よりかなり年上だというのが一目で分かる。
今はスーツに白衣を着込んで、いかにも研究者という出で立ちだが、普段は作業着に身を包んでいることも。
「暑くないんですか」
僕は半袖に作業着のパンツ、首にはタオルという格好だ。
「前の時間、講義があったからね」
思い出したように、白衣を脱ぐ加島さん。
あらわになる、顔と同じように日焼けし、程よく筋肉のついた腕。
僕は一瞬どきりとしたが、平静を装ってポケットから封筒を取り出した。
「…納品書、です。あとで数確認してくださいね」
茶封筒をデスクに置いて、さっさと温室の出口へと向かう。
ドアに手をかけた瞬間、僕を抱きしめるような形で、加島さんが後ろから腕を回してきた。
「久しぶりに来たのに、もう帰るのかい?」
「っ…、帰り、ます」
声も、ドアにかけたままの手も、震えているのがバレバレだろうと思った。
「もう少しいいだろう?せっかく――」
加島さんの右手が、腰の辺りを這う。
硬直している僕の右耳に直接息を吹きかけるようにして、言葉は続いた。
「晴くんの為に、新しいオモチャを準備したのに」
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