In your eyes
金の縁に彩られた、清楚な着物姿の女性。
その微笑みは柔和で、写真でも十分に美しさが際立つ。
鮮やかな赤い紅を差した唇も、深い色の着物から伸びる白く細い手足も、男の俺にはどうしたって手に入れる事のできないものだ。
午後八時を迎えたばかりの恋人、輝[てる]の部屋。
仕事から帰ったばかりの輝がシャワーを浴びるのを待つ間、手持ち無沙汰で何となくリビングに散らばる雑誌を片付けていた。
見つけたのは雑誌の間に隠されていた、しっかりとした台紙に描かれる和風の模様。
好奇に駆られて、その表紙を開いてしまった俺はその瞬間、唐突に思い知った。
輝と、俺の間にある、絶対的な壁。
輝は、男で。
俺も、男だ。
そんな二人に、周りから祝福されるような明るい未来が待っている可能性は皆無に等しい。
「ーーっ、ぅ!」
思い知った瞬間、ズキンと頭に衝撃が走る。
苦いものが腹からこみ上げてきて、我慢できずにバタバタとトイレに駆け込んだ。
「ふ…っ、ぐっ!ぅ…」
便器にかじりついて、せり上がってきた苦いものを残らず吐き出す。
大きな音に気付いたのか、風呂場のドアが慌てて開かれ、輝が叫んだ。
「朋己[ともき]!?大丈夫か?…吐いたのか?」
腰にタオルを巻いただけの格好で、トイレにうずくまる俺の背を撫でてくれる。
「体調が悪かったのか?」
トイレから洗面所へ連れて行ってくれ、口をゆすぐ俺にタオルを差し出して、心配そうに見つめてくる、輝の瞳。
輝の問いには答えず、黙って濡れた口元を拭く。
「熱は…」
「やめろ」
伸ばされた輝の手を、冷たい声で遮る。
ピクリと手を止めて、輝の瞳が不思議がる色に変わった。
「体調が悪いわけじゃない。熱も、ない」
「…そうか」
伸ばしかけた手を不自然におろして、微妙な顔で輝は笑う。
小さく、息を吸って
「輝、別れよう」
別れの言葉と同時に吐いた。
「…急に、何で」
突然の俺の言葉に、輝の瞳は困ったような色を浮かべる。
俺より十も年上なのに、感情を隠すことのできないその瞳が好きだ。
輝の心を映して、俺の姿を写して。
様々に変化する、黒い瞳。
けれど、好きだからこそ、輝の未来を大事にしたいと思う。
「見合い、するんだろ」
タオルを口に当てたまま、輝の顔から目を反らす。
瞳を見つめたままだと、決心が揺らいでしまいそうだった。
「写真、見たんだ。綺麗な人だな」
「…見たのか。俺はする気はないよ」
「しろよ。あんな綺麗な人なかなかいないぞ」
「朋己は俺が見合いして、結婚しても平気なのか?」
平気じゃない。
だから、別れよう、って言ってる。
「…全然平気。別に輝のこと、本気じゃないし」
「朋己…」
「男同士で本気も何もないだろ。でも、二股とか、不倫とかはめんどくさいから、嫌なんだ。俺、もともと女の子大好きだし、それに」
「朋己」
輝の顔は見えない。
少し強められた俺の名前を呼ぶ声は、まっすぐに耳に響く。
その声から、輝の瞳の色を想像した。
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