Black cat -四つ葉-

「麻生、猫、好きだったよな?」

同期の安田に突然そんなことを聞かれたのは、あの雨の日から一ヶ月ほど経った、秋の始まりの夕方だった。

赤い夕陽を背にした会社から帰り道の途中で、安田は笑う。

「彼女の実家の猫に、子供が産まれてさ。飼い主探してるんだ。お前、飼わないか?」

猫、と言われて、すぐにルカくんの顔が思い浮かぶ。
今でもメールはするが、あの雨の日以来会ってはいなかった。

ノノをその後、どうしたか。
猫はもう飼えなくなった事。
どうやら、一緒に暮らしているという祖父母に反対されたらしい。
色々と事情があるようだったので、あまり詳しくは聞けなかった。

「なーあ、飼わないか。お前のアパート、ペット可だったろ」

「そうだけど、でも」

ノノを失った時のルカくんの辛そうな横顔が脳裏にちらついて、中々頷く事ができない俺に安田は携帯を開いて見せた。

黒い毛並みの猫が二匹と、白黒の斑の猫が一匹、仲良く並んで眠っている写真が画面に表示される。

「可愛いだろ?」

安田はほれほれ、と見せつけるように携帯を降る。
黒い毛並みの猫に、俺の目は釘付けだった。

「…この、黒猫なら、飼う」

俺が思わず言ってしまうと、安田は早々と彼女に電話をかけ始めた。





その夜。
ベッドの上で携帯の画面を眺めて、メールの文面を推敲していた。
久しぶりにルカくんを部屋に招きたいが、猫の事は秘密にしておきたい。

どうすればいいか悩みに悩んで、俺は結局ありきたりな文面のメールを送信した。

『遅くにごめんね。
今度の日曜日、暇だったら遊びに来ないかい?
ルカくんに見せたいものがあるんだ。』

すでに眠っていたのだろうか、一時間程起きていたが、ルカくんからの返信はなかった。





翌日。
少しばかり肩を落として、出社する。
朝になっても、ルカくんからのメールはなかった。

俺の事など、もう、忘れてしまったのだろうか。

学生だった頃の自分を思い出し、ルカくんにとっての俺の存在は、どんなものかを考える。


猫を探しを手伝ってくれた親切なお兄さん。
いや、おじさん、か?

その猫がいなくなってしまえば、関わる理由など、きっとどこにもない。


学生の生活というものは、社会人の俺のそれとは違って、日々新鮮なものだ。

俺にとってはすでに過ぎてしまったものだから、そう思えるのかもしれなかったが。



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