Key

溢れ出してしまいそうなこの思いにも、鍵をかけることができたなら。





毎週金曜日になると必ず、恋人の家に泊まりに行く。
バスに揺られて二十分。
そんなワケで今日も恋人・泉[イズミ]のマンションに到着。

鼻唄を歌いながら、階段で三階まであがる。
そういえば、最近カラオケ行ってないなぁ。
泉と一緒に遊びに行ってもカラオケには行かないし…。

ダチと遊ぶ事も少なくなった。
なぜなら、泉と付き合い出したから。
そんなことを考えながら三階の角部屋にたどり着き、ポケットをさぐる。

泉の仕事は土曜が休みだ。
そして、翌日の引き継ぎをする関係で金曜日は少し遅くなる事が多い。
そんな時の為に俺は泉の部屋の合鍵を預かっている。

なのに、ポケットの中に鍵がない。

「あれっ?」

上着のポケットも、ジーンズのポケットもひっくり返して捜す。

が、やはり見当たらない。

「やっべぇ」

一応バッグの中も見てみる。
バッグの中にあるはずがないのは分かっていた。
いつも、ここに来るまでのバスの中でバッグからポケットに移すのだから。


今日もバスの中でいつものようにポケットに移動させた。

スポーツ飲料のおまけについていた不細工なマスコットを繋げた、銀に光る鍵を。

「あーぁ…」

鉄の扉に背中を預けて、ズズ…としゃがみ込む。
コンクリートの通路は、少し冷たかった。



しばらく、そこから動かずにじっとしていた。
泉の部屋は角部屋だからドアの前に座っていても他の住人の邪魔にはならない。

ならないんだけど…視線が、イタイです。


隣の部屋の仕事帰りのOLさん?
そんなにじろじろ見なくても…あんたのストーカーとかじゃないっスよ?


その隣の部屋の彼氏連れ込んでる女子大生さん?
そんな不安そうな顔しなくても、別に誰にもチクったりしないっスよ?


そんな視線を他の住人からも浴びせられるのかと思うと耐えられなくなって、部屋の前から離れた。


向かう先は家からここに来るまでのバスを降りたバス停。
ゆっくり時間をかけて、足下に銀の光を捜しながら歩く。

普通に歩いて、四分。
鍵を捜しながら歩いても、十分程だった。

鍵は、見つけられなかった。

「落としたんなら、この道のはずだよな」

バス停の周辺や少し離れた道端などをくまなく捜しまわり、空がオレンジ色に染まり終えた頃にマンションへと来た道を戻る。


行きの倍以上の時間をかけて足下を見ながら帰ったが、やはり鍵は発見できなかった。

再び、泉の部屋のドアの前に座り込む。
すでに日は暮れて、薄い灰色の空が広がっていた。



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