Milky Way
「〜っ、…ぷはっ」
失礼かとは思ったが氷織は堪えきれずに吹き出す。
「笑うなよ。少なくとも僕はちょっと感動したんだ」
「へ?何で?」
「七月七日に、今まで喋ったこともなかった織姫と彦星の名前を持つ二人が、屋上で遭遇する偶然に」
夏彦の言葉は、どこまでもロマンチックだ。
天体望遠鏡に倣って、星空に首を傾けるその仕草さえも。
「あーそう。これで天の川でも見えてれば完璧だったのにな」
まだ少し笑いながら、煙草に火を点けた。
その事を特に咎めるでもなく、夏彦は氷織の方へ首を傾ける。
「天の川なんて、滅多に見れるものじゃないんだ。そこまで期待するのはちょっとね」
「そうなのか?」
「そうなんだ。昔と今じゃ暦が違うから。そもそも七夕っていうのはー…」
「ストップ。難しい話はいい」
「あぁ、ごめん。まぁとにかく、もの心がつく前から毎年観測をしていても、七月七日に天の川を見ることができたのは…ほんの一、二回かな。覚えている限りでは」
「へぇ…」
「きちんと暦を調べれば、七月七日じゃなくても、見えるものだけどね」
煙草を口に運びながら、氷織は覚えたばかりの夏の星座を見上げる。
それを見ていた夏彦が唐突に口を開いた。
「ねえ、最初に見たときから思っていたんだけどさ」
「何だよ」
「氷織の髪の色、ミルキーウェイみたいだね」
髪に触れる指先に驚いて、氷織は咳き込む。
吐いた煙が夜空に流れて、その一筋が藍色の空を白くぼかした。
「はぁ?意味分かんねえ。つか、髪触んなよ」
「日本語で、天の川。英語ではミルキーウェイ」
夏彦の言葉を聞きながら、またどうでもいい知識が増えてしまったと氷織は思った。
夏彦の瞳は氷織を捉えたまま。
指先も髪に絡めて離さない。
木曜日の放課後。
屋上のミルキーウェイ。
寄り添う星は、夏服の白いシャツを着ている。
果たして、彦星の想いは届くのだろうか。
この、鈍すぎる織姫に。
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