Milky Way
「っ、ぶぇっくしょい!!」
色気もクソもない自らのくしゃみで、滝本[タキモト]は目を覚ました。
午後の授業をサボって、屋上でゴロゴロしていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
七月の野外で寝ても、くしゃみは出るものなのかと鼻をすすりながら思う。
「今、何時だ」
ポケットから携帯を取り出す。
ついでに煙草とライターも。
西の空にかすかに明るい色が残ってはいたが、もう夜といっていい時間だった。
東の空には、星も輝き始めている。
今から教室にカバンを取りに戻って、教師にバレずに校舎を出ることができるだろうか?
もし見つかったら、サボリを咎められるに違いない。
「さて、どうすっかな」
考えなら、煙草に火を点ける。
眠りから覚めたばかりのクリアな肺に、ラッキーストライクの煙がしみた。
煌めき始めて間もない星影に向かって、煙をはき出す。
夏の澄んだ藍色が、白い煙でぼやけるのを何度か見つめた。
「よし」
カバンを置いたまま、帰宅しようと決意する。
サイフと携帯と、それから煙草とライターがあれば、何とかなる。
立ち上がって、滝本がドアを振り返ったその時。
校舎内から屋上に出ようとしていた人物が、そのドアを開いた。
ノートや分厚い本を抱えた眼鏡の生徒と、煙草を隠そうとする滝本。
ドアの内と外で向かい合った二人の視線が交わった。
ドアの向こうに立っていた人物が、教師でなかった事に安堵する。
少し怒気を含んだ言い方で、その人物に悪態をついた。
「っだよ。驚かせるなよな。ノックぐらいしろよ」
「あ、ごめん」
屋上のドアをノックしろという理不尽な要求に、背の高い生徒が反射的に謝る。
滝本の染色と脱色を繰り返して、白とも銀とも見分けがつかなくなった頭髪に対して、何の色も入っていない生まれたままの色の黒髪。
その身長は、滝本のそれが高一男子の平均より低い事を除いても、明らかに高い。
「帰るのか?」
「んぁ?」
コイツの身長は何センチだろうかと考えていたので、その本人からの問いに間抜けな声をあげてしまった。
「もう、帰るのか?」
質問を繰り返して、眼鏡をかけた真面目そうな顔が、少し緩む。
「帰るよ。あんたの一服のジャマだろ?」
短くなった煙草をくわえたまま答える。
「僕が一服?そんな事しないさ。僕はコレ」
そう言って、ドアに隠れて見えてなかった大きな荷物を示した。
「何だ、これ」
「何だと思う?」
「……別に、何でもいい。じゃ、俺は帰るから」
自分からその荷物の正体を聞いておいて、何でもいいとはよく言ったものだ。
校舎内に入ろうとする滝本を、その荷物の持ち主が阻む。
見上げる顔を、滝本は精一杯睨んだ。
「何だよ、テメェ」
「たばこ」
しかし、睨んだ先には余裕の笑みがあった。
眼鏡がキラリと光ったのを見て何となく、その先の言葉が予想できた。
「ばれてもいいの?ちょっと、手伝ってよ。今年の一年で一番不良の滝本君」
舌打ちをして、煙草の火を消した。
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