恋愛方程式 U

隠し通せるのなら、一生ふたりだけの秘密にしたい。

それが、無理ならば。



***



非常にマズイ事になった、と思う。
生徒に手を出しているのがバレてしまった。

しかも、男子生徒にだ。

けれど、目の前で印刷機をまわす彼は平然として、こちらを見ようともしない。

ごまかさなければ、と思う自分がいる。

しかし一方で、ありのままを話せばいいじゃないか、と思う自分もいる。

この人は、本当の事を言ってもやはり平然と印刷機をまわし続けるはずだ。
俺と、同じニオイがするから。

だけど、もしそれが見当違いだったら?

「米原先生」

意を決して彼の名を呼ぶ。
ちらり、とこちらを見て印刷物に目線を戻した彼が、俺が続きを言うよりも先に口を開いた。

「まさか、千葉先生が男子生徒に手を出しているとは思ってもみませんでした」

「そうですか?米原先生は気付いてると思ってましたけど?」

彼は微笑みながらこちらを向いた。
その微笑みの裏で、一体何を考えているのだろう。

「俺と、米原先生が同じだと」

負けずに無理やり笑顔をつくって、彼の顔をまっすぐ見つめ返した。

彼の微笑みに剣呑な雰囲気が加わる。
微笑みの裏側を少しだけ見せたような気がした。

「あなたと、わたしが?」

ゆっくり問うてくる彼に、気後れしないよう、はっきりと応えた。

「ええ…俺はそうだと確信しています」

言った途端、彼は印刷機に腕を預けてそこに顔をうずめた。
その肩が、僅かに震えている。
俺はその行動の意味がわからず、ただ驚いた。

「あの…?」

話かけた瞬間、

「はっ…!!」

声を出して彼は笑った。
顔をあげてこちらを向いた彼の表情は、先ほどとは明らかに変わっている。

「千葉先生っておかしな人ですねぇ」

柔和な笑みをたたえながら、そう言う彼。

あんたの方がおかしいだろう、とは言えるはずもなく。

「あー…こんなに笑ったの久しぶりだなぁ」

「そんなに笑うような事をいいましたか?」

まだ笑いながら、彼は答える。

「だって…わたしがもし『そう』じゃなかったらどうするんです?隠すどころか、認めた上にわたしも同類だ、なんて……おかしな人だ」

「じゃあ、米原先生も…そうだと認めるんですね」

言った途端、彼にあの剣呑な雰囲気が戻る。
印刷物をまとめて腕にかかえ、何も言わずに立ち去ろうと歩く。

すれ違いざまに、

「否定は、しませんよ」

呟くように、そう言った。
振り向いたときちらりと見えた横顔には、やはりあの笑顔がはり付いていた。

「米原先生」

「大丈夫です」

俺が口を開くとすぐ、彼はそうささやいた。
きょとんとする俺に、彼は印刷室のドアを開けながら続けた。

「誰にも、言いませんから。千葉先生も、内密に」

その言葉を最後に、印刷室のドアは閉じられた。
俺は、体の力がどっと抜けるのを感じた。

本当に、何を考えているのか分からない。
得体が、知れない。



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