恋愛方程式

「あんまでけぇ声出すなよ。迷惑だぞ」

スーツの嫌いな数学教師、
千葉 和基。
二十七歳、独身。

「しつこい男は嫌われるぞ」

そういう自分も、しつこかったクセに…。
そんな彼のあだ名は、チバセン。
僕の、好きな人。
で、恋人。

付き合ってるワケじゃないんだろ?とか言われてたけど、実は付き合っているんです。
告白されて断る度に、好きな人の有無を必ずと言っていいほど聞かれていて。
恋人がいると知ったら、その追求がもっとしつこくなることは明白で。

だから、好きな人がいる、としか言わなかったら、いつの間にか僕の片想いになっていた。

そんな噂を広めたのは誰?
バスケ部の先輩?
サッカー部の二年生?
それとも、この前告白してきた眼鏡の人かなぁ…?

本当は、違うのに。
今は両想いだけれど、先生の片想いだったのに。
何だかちょっと、不満。



さっさと帰っていった相手を見送り、印刷室の窓へ駆け寄る。
窓枠に肘をつき、唇の端を上げて笑う先生。

「いつから聞いてたの?」

「んー…呼び出してごめんな。あたりから?」

「それ…最初っからじゃん!!もっと早く助けてよ」

「ん?ヤバくなったら助けようかなーって」

へらへら笑って、頭を撫でられる。
印刷室の床は少し高くなっているから、かなり上から目線。
それが、ムカつく。

「……」

…ふっ
今、鼻で笑ったな?

「おいで」

「……はぃ?」

「だから、こっち来いって」

「え?…わ、ぁっ!?」

脇の下に手を入れられて、驚いている間に軽々と持ち上げられた。
そして窓から引きずり上げられる。

無事、着地。
でも、土足。

頭の後ろで窓が閉まる音を聞いて、先生の背中に腕を回した。

「怖かったな」

抱き返されて、頭をぽんぽんっと軽く叩かれる。
ガキ扱いなんだけど…優しい、手。

「ちょっと、ね」

負けじと腕に力を込めて、小さく呟き目を閉じた。


鼻をつくインクの匂いと、紙の匂い。
それから、先生の匂い。


香水とかはつけてないらしいけど、いつも微かに香ってくる。
整髪料かな?
洗剤の匂い?


何だか、久しぶりにかぐような気がする。
…気がするというか、実際、久しぶりなんだけど。
そんなことを考えていたら、先生の声が耳の近くで聞こえてきた。

「なんか、久しぶりだな」

くすり、と笑ってしまった。

「どうした?」

きっと今、先生は不思議そうな顔してる。

「僕も同じ事、考えてた」

「そうか」

先生の笑う気配が、少し赤くなった僕の耳をくすぐった。

髪に、先生の指が絡みつく。
…どきどき、してきた。
わ、ゎぁ。
唇、頭、あたってる。
柔らかい。



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