朝は誰の為にあるのか
素肌のまま半身を起こして、窓を見上げる。
つ、と右の瞳から涙が零れた。
どうやら日付が変わってしまったらしい。
地球に来て、三十七万と四百五十二日目。
今日も母星からの迎えの舟はない。
太陽系の惑星の調査にきたわたしたちの舟が、地球に不時着して約千年。
不思議な団体の偶像になったり、有名な絵のモデルになったりしながらも、何とかヒトに擬態して生きてきた。
ヒトとは、とても不自由な生き物だと思う。
暗闇では目も見えず、肌は花弁のように柔らかい。
攻撃や防御に使える器官もおよそなく、武器を備える事でしか身を守る術もない。
一人では生殖もままならず、他人と触れ合わなければ生きていけない。
寿命も、恐ろしく短い。
わたしの知る限り、最も脆い知的生物。
隣で眠る、ユウジを見つめる。
黒い瞳を滑らかな瞼の下に隠して、規則的な息をしている。
不自由な生命維持活動だが、この音は嫌いではない。
ヒトの真似をするうち、感覚までもがヒトに近づいてきている。
黒い髪と黒い瞳に惹かれたのは、故郷の空を思わせる色だったから。
では、お好み焼きは?
ユウジの笑った顔や、安らかな寝息や、柔らかな肌を好ましく思うのは。
己を見失うという恐怖感は、ユウジと体を重ねる度に、じりじりと磨耗してきている。
触れられた所から、生まれ変わっていくように。
日付が変わる瞬間に右目から零れる雫を、涙と呼ぶようになったのも、それを隠すようになったのも、ユウジの影響だ。
ユウジと出逢ってから、わたしは益々ヒトに近づいている。
ヒトに擬態している自分を嘆いて涙しているような、錯覚にとらわれることすらある。
眦から溢れ、頬を伝ってゆく。
雫のかたちをしたこの、わたし。
本来なら卵になるはずの雫を指で拭って、握り潰した。
濡れた指はすぐに乾いて、わたしは何事もなかったようにユウジの腕の中に潜り込む。
わたしをしっかりと抱きしめなおすユウジの腕に微笑んで、眠るふりをした。
←[*] 2/2
目次へ
MAIN