プラネタリウム・シンドローム
穏やかな声のアナウンス。
ゆっくりと暮れていく、見慣れた初夏の空。
投影機の動く、低い音。
目まぐるしく変化する小さな光に夢中になっていると、隣に人の気配がした。
客も疎らな座席で、何故わざわざ自分の隣に座るのかと不思議に思って、横を向く。
――!…何でだ!?
薄闇の中、浮かんだ顔に驚きを隠せないが、声を出すのは何とか我慢した。
八つ年上の恋人が、オレの隣に座っていたのだ。
おそらく舌打ちをした、あの迷惑な客は彼だったのだろう。
客席の中のオレを見つけて他の客の邪魔にならないよう、最大限の気遣いでここまで辿り着いた。
驚き以外をどう表していいか分からずに、スクリーンに視線を戻すと、肘掛けを掴んでいる右の手首に、あたたかい温度が乗る。
促されて、上に向けられる手のひら。
その上に、細い指が文字を綴った。
最早、オレの全神経は頭の上にはない。
右の手のひら上を滑る指の動きは、彼の言の葉。
『なかなおり』
言葉の意味を理解して、大人だよなあ、と改めて感じると同時に、自分の惹かれた彼を思い出す。
慎ましやかなのに、どうしようもなくオレを魅了する、光。
くすぐったさの残る手のひらを一度、ぎゅ、と握りしめて開く。
意を決して、恋人の手を取った。
何も言わずに指を絡めて力を込めると、かすかに、隣で微笑む気配を感じた。
←[*] 2/2
目次へ
MAIN