涙のくちづけ

知らぬ間に一匹狼のようになっていた俺の前の席に座っていたのが、平井だった。


平井はのんびりしているように見えて、恐ろしく頭が良かった。

授業中でも、どこかぼんやりと窓の外を眺める平井。

たまに、気持ちの良い風が吹くと、揺れる前髪に目を細めたりして。

俺は、そんな平井を眺めるのが好きだった。




「久しぶり、だな」

頭の中に、高校生活最後の一年が、鮮明に蘇る。

平井があの頃と変わらないのも相俟って、首に巻かれているネクタイが、学生のそれのような錯覚に陥ってしまう。

「牧野、すごく疲れてるみたいだね」

平井はひらりと身を翻して、ホームの隅の汚れたベンチに腰を下ろした。

「僕が、ずっとここから見てたの、気付かなかったでしょう」

軽やかな動きに、またしても揺り起こされる記憶。




平井に倣って、ベンチに腰を下ろし、鞄を置く。

すとん、と身体が軽くなった気がした。

「その様子じゃ、立派に社会人やってるんだね」

スーツ姿の俺に目を細めて、似合ってる、とからかうように笑う。

「まあ、一応。平井は?…確か海外に留学したってきいたけど」

「うん。卒業してすぐにね。最近戻ってきたばかり」

平井は小綺麗な私服で、ゆったりと長い脚を組む。

見るともなしにつま先に向けられる目線の横顔。

揺れる睫毛も淡い色をしていた。



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