ケモノノサガ

右手で額を抑えて、しばらくすると、隣の席に誰かが座った気配がした。
まさか、と顔を横に向けると。

「こんばんは」

品良くスーツを着こなした、四十くらいの男性がいた。
見知らぬ人に挨拶をされ、ふいに頭を下げてしまう。
どうやら、それがマズかったらしい。


彼はわたしに自己紹介をし、何気ない話をしたあと、別の場所で、二人で飲み直さないか、と誘ってきた。

彼の話に適当に相槌を打っていたわたしは、思わず縦に振りそうになった首を慌てて止める。

「いえ、もう帰る所なので」

「それなら、家まで送りましょう」

紳士スマイルに、有無を言わせない雰囲気を漂わせて、彼はわたしの手を取った。

「はい、ストップ!」

拒否しようと、彼の手を払った瞬間、うしろから透き通るような声が響いた。

「この人は俺が送る、って決まっているので。失礼」

今日のスノー・ヴォイスはどこか、怒りの籠もっているようにも聞こえる。

「行くよ、静流さん」

突然現れた岬は、わたしにお金を払うよう促して。
マスターとの挨拶もそこそこに、岬に手を引かれて店を出た。

「何やってんの」

ドアを閉めた途端、責めるような岬の口調。

「ただ…飲んでた、だけじゃないか。君には、関係ない」

何故こんな風に言われなければいけないのか分からない。

「ふーん…。じゃ、あのままあのエセ紳士にお持ち帰りされても良かったんだ?」

「何でそういう話になるんだ…帰る」

岬の態度と言葉にムッとして、背を向ける。

店の横道へ入り、しばらく歩くと岬が追いついてきて、わたしの手を取った。

「待ってよ。俺に会いに来てくれたんじゃないの?」

「っ…、何故、わたしがキミに会いに来なきゃならないんだ。離してくれ…っ」

握られたままの手を振り払おうとするが、岬の力はわたしより強い。

離してくれるどころか、壁へと追い詰められ、逃げられないように顔の両脇に手をつかれた。

「俺は、会いたかった」

肘を曲げて、より顔を近づけてくる岬。

抵抗できずに、岬の言葉を聞くことしかできないわたし。

「静流さんから、連絡が来るの待ってた」

「…っ!」

火照った耳に溶けていく、至近距離での岬の声に、息が詰まる。



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