ケモノノサガ
淡い緑色の紙に、黒いインクで書かれた十一桁の数字。
果たして、この数字の意味する、彼の思惑は?
「芹沢さん。無事取り返せたんですね、それ」
デスクに座って、例の名刺ケースを置いていたら、贈り主が安堵したように話しかけてきた。
里見 佳菜子[サトミ カナコ]はわたしの手の中にある、名刺サイズの緑の紙をも、覗き込もうとする。
「うん。意外とあっさり返してくれたよ」
さっと、それをポケットにしまうと、向けられたのは彼女の不満そうな目。
「昨日の人、何だかこわそうな雰囲気だったし、ああいう人とはあんまり関わらない方がいいと思いますよ。芹沢さん」
何だかカタギじゃない感じ、と彼女は一人、頷いている。
「そんなことはなかったよ」
そういえば、職業を聞きそびれた。
それどころか、年齢も。
知っているのは、フルネームと、酒に弱い、ということ。
それから、透き通るようなスノー・ヴォイス。
「もう、会うこともないから、わたしには関係ないけどね」
自分に言い聞かせるように、きっぱりと口にして。
彼の顔を、思い出さないようした。
たった二度、会っただけ。
それも最初は信じられないような出会い。
「もう、会うことはない…」
きっと、わたしの方からこの十一桁の番号に連絡しない限り。
そう思うと、何故だか捨てるのが躊躇われて。
丁寧に、緑の紙を名刺ケースに戻した。
十一桁の番号と睨み合いをすること、数日。
取引のある製薬会社の社員に、上司達は招かない少人数での忘年会だと言われ、居酒屋に呼び出された。
しかし、そこに待っていたのは、彼らの知り合いの女性が数人。
騙されたと思いつつ、仕事上の付き合いと割り切って、一次会だけ我慢することにした。
抑えめに飲んで、楽しむ彼らの空気を悪くしないよう、控えめに喋って。
居酒屋を出、二次会の相談をしている彼らの横を抜けて、駅へ向かう。
メンバーの一人に二次会は行かないと告げ、彼も騙して呼び出した事を詫びてきたので、それでチャラにした。
心置きなく駅へ向かえばいいのに、足が止まってしまう。
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