ケモノノサガ

『BAR freeze』。
店の名前は噂できいたことはある。
その筋では有名な店らしい。

わたしが八時前にドアを開けると、客は岬ひとりのようだった。

カウンターの中には、中性的な顔立ちの男性。

岬と親しげに話していたが、わたしに気付くと、

「いらっしゃいませ。ミサキ、ほら。お待ちかねの人じゃない?」

岬に、こちらを向くように促す。

「静流さん。お疲れ」

馴れ馴れしく名前を呼ばわれて、何となく居心地が悪い。

席にもつかず、無言で手を差し出した。

「…?」

岬はきょとんとした顔で、わたしの手を見つめ、おもむろに自分の手で握り返してくる。

「違う!なぜわたしが握手を求めなきゃならないんだ。名刺ケースを返してくれ」

「まーまー。冗談だって。せっかく来たんだから、一杯ぐらい飲もうよ」

笑いながら言って、先ほど話していた店員にメニューを催促する。

「静流さん、どんな酒が好き?あ、メシ食ってないなら、もう少ししたら料理のうまいヤツが来るから、ソイツが来るまで軽く飲んでたらいいよ」

ため息をつき、岬の隣の椅子を引く。
どうやら、おとなしく付き合うしかなさそうだ。



料理のうまいスタッフが来る、というのは本当だった。

度数の軽い、外国産のビールを飲みながら待ち、岬に注文を任せる。

フードメニューは常連への特別待遇らしく、岬のオーダーしたものはどれも美味しかった。

一杯だけ、と思っていた酒もいつの間にか二杯、三杯と進む。


「…君は、飲まないのか?」

岬のグラスが最初の一杯から進んでいないのに気付き、不思議に思ってきくと、カウンターの中から返事があった。

「その人、下戸ですよ。うちのマスターと、いい勝負」

あとから来た、料理のうまい店員は、大学生らしい。
落ち着いた雰囲気があるが、マスターというのは、最初からいた中性的な店員の方だ。

「飲めないのに、何故―」

意外な答えに驚いて、問おうした時、はたと気付いた。

「分かる?飲むのとは、違う目的があるから」

岬も、カウンターの中の二人もけろりとしている。

「昨日は珍しく河岸変えて、はじめての店に行ってみたんだけど、声かけてきた子について行ったら、ヤバげなお兄さん達に囲まれてさ」

「だから言ったでしょ。あの辺の店はやめておけ、って」

マスターは呆れたように、ため息をつく。



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