SUITの誘惑
ぱりっと糊のきいたシャツに、品の良い光沢のボタン。
パンツは細身で、足が長い人でないと着こなせないストレート。
その日の気分に合わせて変えられるタイは、結び目の小さめのシングルノットですっきりお洒落に。
玄関先でジャケットを羽織り、ピカピカに磨かれた靴を履けば、パーフェクト。
「よし。それじゃ、いってくる」
今日も完璧な出で立ちで、玄関先の鏡を確認する暁人[あきと]さん。
暁人さんの部屋に泊まりに来た時、僕はいつも、そんな姿に見とれてしまって準備が遅れてしまうんだ。
「菫[すみれ]、悪いけどカギ頼むよ」
ポストに入れといて、と玄関先まで見送りにきた僕にスペアキーを渡してくれる。
「うん。いってらっしゃい」
ビシッと高級ブランドのスーツを着こなす暁人さんは、某有名ブティックの販売員さんだ。
颯爽と歩く姿はモデルのように格好良くて、売上ナンバーワンと言うのも頷ける。
そんな格好いい背中を見送って、僕は自分の準備に取りかかった。
自分でアイロンをかけた制服のシャツに、ワンタッチで留められるネクタイをつける。
いつもならベストを着るのだけれど。
暁人さんのリビングにかけてあったジャケットが目に付いた。
クリーニングに出すからと、昨夜出していたものだ。
色は濃いグレーで、細く黒いストライプが入っている。
いってきます、と僕の方を振り向く暁人さんを思い出して、ドキドキする心臓。
グレーのスーツの、甘い誘惑。
僕も、暁人さんみたいに、格好良くスーツが着こなせる大人になりたいな。
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