LOVE PAIN

不満そうに唇を尖らせ、なおも口づけようとする僕に、店の主の威厳を漂わせながら言う。

「こら。シオ、書類の整理が終わるまで我慢しなさい」

はあい、と仕方なく返事をして、チカさんの仕事の邪魔にならないように、カウンター前の肘掛けソファに腰をおろした。



チカさんは、ここで古い外国の本を扱うお店をしている。

看板も何も出していないので、一見してお店には見えないのだけれど、昔からの顧客様やその紹介なんかで、潰れない程度には流行っているらしい。

僕やチカさんが産まれるずっと前から、この場所にあるのだと教えてくれた。


カウンターに置いてある一冊を手に取り、色褪せた表紙をめくる。

横文字と白黒の挿し絵が目に飛び込んできて、そのあとすぐに古書特有の古い紙とインクの香り。

ページのはしだけ、茶色に変色して、古びた印象をより強めていた。

「シオ、それはお客様からご注文のあった本だから、大事にね」

横文字の書類を確認しながらも、僕の動きをしっかり把握しているチカさん。

「うん。…買ってきたのってこの本だけなの?」

「いや。その本は特に急ぎだから持って帰って来たんだ。他のは直接店に送ってもらってる」

ほら、と今回仕入れた本のリストを見せてくれた。

「こんなにいっぱい持って帰ったら、重くて大変だね」

リストにあるタイトルは二十以上は軽くある。

「そう。急ぐものはその本だけだったんだ。さっき連絡したら、今日中に取りに来るって言っていた」

キスを拒んだ理由が分かって納得しながら、僕は手にしていた本を閉じた。

「残りの本は、いつ届くの?」

「仕入れた日が違うからから色々かな。早いのは明日届くと思うけど」

「…運ぶ時、落とさないようにね?」

僕の言葉の意を得たように、チカさんは微笑む。

「シオに、初めて逢った時みたいに?」

チカさんの返事を聞いて、僕もにっこりと笑った。

「うん。一年前の今日みたいに」

「落とさないよ。大丈夫。だってね、シオ――――」

チカさんの微笑みが少し雰囲気を変えて、思いもよらない言葉を紡ぐ。



――あの時、私はわざと本を落としたんだよ。シオに拾ってもらいたくて、ね。



その言葉を聞いて、僕の左胸はまたきゅうっと、震えた。



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