In your eyes
「とにかく、別れるから」
目を反らしたまま、洗面所から出ようとする俺の目の前に手をついて、輝がそれを遮る。
いつもとは違う少し乱暴な動作に驚いて、思わず輝の顔を見てしまう。
そこには、見たことのない色を浮かべて細められる瞳があった。
「…っ!どけよ」
「俺の話はひとつも聞いてくれないのか」
「うるさい!どけ!」
「俺の話を聞くまで、どかない」
「なっ…」
「さっきも言ったけど、俺は見合いする気はない。結婚する気もない。あれは伯母さんが勝手に送りつけてきたんだ」
「…そんなこと、俺には関係ない」
輝の瞳から、目を反らす事ができない。
視線を絡め取られたままの状態では、俺の下手な嘘などバレバレだろう。
「朋己、俺が嫌いになったから別れるって言うなら、止めないよ。でも、そうじゃないだろ?」
輝の瞳が少し伏せられて、また俺を見つめ直した。
「傷つくのが、怖いのか?」
違う。そうじゃ、ないんだ。
「俺は…」
「俺は朋己となら、怖くない」
肩をひかれ、導かれるまま輝に体を預ける。
鼻先にあたる少し湿った輝の素肌から、ボディソープの香りがした。
輝の言葉が嬉しい。
きっと今、輝の瞳は強く迷いのない色をしている。
俺は、ゆっくりと考えていた事を口にする。
「…俺、男、だから。輝との、その…何て言うか…幸せな未来?はないと思った」
「うん」
「見合いの写真見て、急に、何か…」
「うん」
「結婚、できないし。子供だって、産めないし。このまま……一緒に居ていいのかな、って」
「そんな事、考えてたのか」
「…うん」
輝が俺の両肩を後ろにひいて、額と額をくっつける。
濡れたままの髪から、水滴がぽたりと、俺と輝の胸のあたりに落ちた。
「結婚できなくても、子供が産めなくても、俺は朋己と、ずっと一緒にいたいと思ってる」
「輝…」
心が震えるような感動を、輝のように恥ずかしげもなく口にする事は俺にはできないけれど。
隠しきれない喜びを、輝の瞳はしっかりと映している。
その瞳は、俺と同じくらい柔らかい色をしていた。
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