Black cat
公園の水道で軽く傷口を洗って、ハンカチを渡した。
少年は小さくお礼を言って俺の後からついて来る。
アパートまで歩く間もキョロキョロと首を振って、少年は猫を探していた。
俺の住むアパートのゴミ置き場はあまり管理がよろしくない。
しかも幾人かのマナーの悪い住人のおかげで、ゴミ置き場の近くにはカラスや野良猫が出るのだ。
今日も猫が二匹ちょろちょろとしている。
その姿を見て、少年が駆け寄るとぱっと尻尾を振って逃げてしまった。
見えた尻尾は、白黒のまだらと縞のある灰色。
「違ったみたいだね。手当てするから、おいで」
残念そうに下がった少年の肩をぽんと叩くと、おとなしくついてきた。
その足取りは、とぼとぼとしか言いようがない。
頭を撫でてやりたかったが、それをすると逃げられてしまうような気がしたので、やめておいた。
「適当に、座って」
部屋に通して、手当ての道具を用意する。
一人暮らしの男の家に救急箱なんて代物はない。
絆創膏はみつけたが、消毒液がなかなか見つからなかった。
それで、消毒液を探す間に少年とコミュニケーションを図る。
「猫、いつから探してるんだい?」
「五日前からです。昨日までは家の近くを探してて」
「五日か、結構経つね。今日は何でこの辺に?」
「小さい頃、この近くに住んでたんです。ノノも一緒に。だから、もしかしたらと思って」
「そうか。ノノって猫の名前?」
「はい」
「この辺で見つかるといいね」
あった、と消毒液を少年の前に置きながら笑う。
「腕、見せて」
ガーゼはないので、ティッシュに消毒液をつけて傷口にあてる。
「っ…!」
「しみる?」
「大丈夫、です」
口ではそう言いながらも、その眉は少し歪んでいた。
絆創膏を何枚か重ねて貼って、かなり大ざっぱな手当てを終える。
それでも少年はきちんと
「ありがとうございました」
と頭を下げた。
警戒心のさほど強くない、お行儀の良い黒猫を頭に思い浮かべて、こんな感じかな、と声もなく笑う。
そんな俺を、少年の不思議そうな黒い瞳が見つめていた。
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