Black cat
会社からの帰り道、俺は近所の公園を通り抜ける。
点滅する街灯とその横のベンチ。
周りを木で囲われた、どこにでもある何の変哲もない公園。
小さな砂場と滑り台にいくつかの遊具、それからジュースの自販機がある。
この自販機でコーヒーを一本買い、家に着くまでの間に飲みきる。
そしてそれをアパートのエレベーター前のゴミ箱に捨てるのが俺の日課になっていた。
今日も自販機に小銭を入れて、コーヒーのボタンを押す。
ガチャンと音をたてて、落ちてくるコーヒー。
取り出し口に手を入れた俺の耳に、いつもは聞こえない音が聞こえてきた。
自販機の裏から草をかき分けるような、ガサガサという音。
猫か何かだろうか?
音の正体を確かめる為に、自販機の裏をのぞく。
そこにはいたのは、猫ではなく一人の少年だった。
黒いポロシャツを着たその少年は、何かを探すように草をかき分けている。
草を手にしていた手を首にあてて、諦めたようにため息をつく白い横顔。
暗闇の中、その横顔が不思議と魅力的に見えた。
「何してるんだい?」
俺の声に驚いた表情をして振り向く姿はまるで、警戒心の強い猫のよう。
「探しもの?」
返答しない少年にたたみかけるように問いかける。
少年はガサガサと足元の草を踏みながら、俺の近くまで歩み寄って来た。
「この辺で、猫見ませんでしたか?」
「猫?どんな?」
「三毛猫です。ちょっとぽっちゃりした感じの」
黒猫じゃないのか。
この子が飼うなら黒猫が似合うと思ったのに。
「俺の家の周りに何匹か野良猫はいるけど…毛並みまではよく覚えてないな。ごめん」
期待を込めた目で少年がぱっと顔を上げる。
黒目がちな瞳は、少しつり上がって円らだ。
「家、どのあたりですか?」
「今から帰るから、来てみる?」
「いいんですか?」
「構わないよ。それに、ここ」
「えっ…?」
彼の右腕を取って、ひじの上が見えるようにする。
「ケガしてる。手当てしてあげるよ」
「あ。ホントだ…」
猫探しに夢中で、痛みも感じなかったのだろう。
血が流れるほど深い切り傷なのに、俺に言われてはじめて気づいたようだった。
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