心と唇
精緻な模様の施された銀の茶器から薄茶の液体が注がれるのを、シフェルーは食い入るように見つめる。
「そんなに珍しいものではないでしょう?」
手元を凝視されて、エリーズは困ったように笑った。
上品な花の香りが漂うカップを手渡されて、思い切り鼻から吸い込むと、身体の疲れが抜けていくような気がした。
「は、あ〜…。いい香り」
「お菓子もあるわよ。甘いの好きでしょ、シフェルー」
焼き菓子の入った可愛らしい模様の箱を開けて、どうぞと差し出してくれるエリーズに、シフェルーは亡くなった姉の面影を重ねる。
――姉ちゃんが生きてたら、こんな感じかな…。
じっと見つめられても笑みを湛えたままの厚い唇は、女性らしい魅力に満ち溢れている。
艶やかな黒髪を器用に編んで結い上げ、白いうなじはいかにもほっそりとして柔らかそうだ。
――いや。姉ちゃんはきっとここまで美人じゃないな。
王都中の魔導士の憧れの的であるエリーズの私室で、二人きりでお茶しているなんて事が他の魔導士に知れたら闇討ちに遭うかもしれない。
ぶるっと身震いをして、手にした焼き菓子を口に含んだ。
「お菓子もおいしい」
にっこりと笑うシフェルーに、エリーズもまた弟を見つめるような気持ちでいた。
「良かった。甘いもの食べてリラックスすることも大事よね」
シフェルーの向かいに腰掛けて、カップを手に取る。
暫くは他愛もない談笑が続いたが、仕事の話になるとふとエリーズが真面目な顔になった。
「そういえば、この所不調なんですって?」
突然の言葉に、シフェルーの身体が跳ねる。
「何で…」
「あら、あなたのスランプなら皆知ってるわ。炎の魔導士シャリムの唯一の弟子ですもの」
「そうなんだ…」
「それがプレッシャーになっているわけではないんでしょ?」
「うん、まあ」
煮え切らないシフェルーの返事に、お茶のおかわりを注ぎながらエリーズは可愛い弟の心中を思った。
「恋の悩みのせいかしら」
これにはシフェルーは無言で、カップの中身がいっぱいになるのを見つめていた。
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