リボンと風
村に一件しかない雑貨屋の扉の鍵をシフェルーは念入りに確かめていた。
ガチャガチャと取っ手を鳴らして、鍵がかかっていることを確認すると、二階に向かって叫ぶ。
「ハジさーん!行ってきまーす」
キッチンの窓から傷のある顔を突き出して、行ってこい、と笑うハジ。
シフェルーの金の三つ編みの揺れる後ろ姿を、父親のような面差しで見つめていた。
「今日もよろしくお願いしまーす」
ダリスの借りている小さな平屋に着くと、シフェルーはノックもせずに扉を開けた。
しかしダリスの返事はない。
炎神・シャリムことダリスは椅子に座ったまま、うたた寝をしているようだった。
窓際の椅子に腕を組んで座り、瞼を伏せているとダリスの姿はいつもと違って見える。
シフェルーはダリスを起こさないようそっと近づいて、その顔を覗き込んだ。
眼を閉じていると、垂れ目なのがよく分かる。
英雄の魔導士だと分かる前から、村の娘達はダリスに夢中だった。
若い男が少ないからという理由だけでは決してなく。
覇気のなさそうに見える重たい瞼や、煙草を吸う姿がセクシーだと言っていたのは誰だったか。
椅子の傍らの小さなテーブルの上には灰皿と、緑の箱をしたマッチ。
魔導士だと皆にバレているのだから、魔法で火を点ければいいのに、とシフェルーはいつも思う。
マッチと同じように、魔法を教えるのはシフェルーにだけだと、ダリスは頑なに言い張った。
ダリスが民に語られる英雄シャリムだと知って、村人達は我も我もと魔法の教えを乞うた。
しかしダリスは村人の頼みを聞き入れることなく、シフェルーだけを弟子と認め、教えてくれる。
毎日、シフェルーの仕事が終わってから夕食までは魔法の訓練。
そして、夕食を食べ終えてから寝るまでは座学の時間に充てていた。
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