英雄と少年
「ダリス!聞いた!?」
雑貨屋にマッチを買いに行くと、店番の少年が明るすぎる声ではしゃいでいた。
ダリスは棚にある緑の小箱を一ダース手に取って、カウンターの上に置く。
常に重たそうな瞼とその下にある垂れた眼をいつもより細めて、呆れたような顔つきをしている。
「何をだ」
素っ気なく訊いて煙草をくわえると店番の少年、シフェルーは素早くのダリスの口から煙草を奪った。
「店内禁煙!」
「まだ吸ってないだろ。で、何を聞いたかって?」
別の煙草を取り出して、まだ会計の終わっていないマッチを擦る。
もう、とブツブツ良いながらも話を続けるシフェルー。
「この村にすっごい有名人が来るんだって!!」
「ほお〜、そうか。俺には関係ないな」
「もー!!」
今笑ったと思えば、次の瞬間には頬を膨らませている。
くるくる変わる表情と、落ち着きのない仕草。
それにつられて、後ろで結われた長い三つ編みが揺れた。
「すんごい有名人なんだから!俺、サインとかもらっちゃおうかな〜」
鼻歌を歌いながら残りのマッチを包み、勢いよくこちらに差し出してきた。
「サイン?…あほか」
「だって、あの『シャリム』が来るんだよ」
「シャリム、って」
「そう!『炎神・シャリム』!!」
シフェルーの言葉に、ダリスは火の点いた煙草を取り落とした。
隣国ロポロスとの長きに亘る戦に大勝して五年。
国も人々も少しずつ戦の混乱から立ち直り始めている。
戦の末期、オズランデの魔導士たちは多大なる戦果を挙げた。
中でも炎の魔導士『シャリム』の活躍は凄まじく、その名はオズランデの隅々にまで響き渡り、さらには敵国であるロポロスの民でさえ驚嘆するほどのものであった。
そんなシャリムを讃え、ついた通り名は『炎神』。
ロポロスにとっては恐怖の、オズランデにとっては英雄の魔導士。
しかしそんな華々しい功績を持つにも関わらず、『炎神・シャリム』は戦の後、ぱたりと消息を絶つ。
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