手のひらと瞳

誰にも言わずに自分の左手に印章を埋め込んだ日の事を、今でもよく覚えている。

流れる血の、鮮やかさまで。



「…ダリス?」

そんな、血腥[ちなまぐさ]い話を、目の前で心配そうな瞳をしている弟子には聞かせたくない。

自分のような魔導士をこの先、唯の一人も、作る気はない。

「お前を…、こんな手にさせるわけにはいかない」

――俺みたいな魔導士にするわけには。

呟くダリスの左手に、シフェルーは手を重ねる。

反射的に手を引こうとするダリスの拳を、シフェルーは両手で包み込む。

指の隙間から拳の内側をなぞって、静かに口を開いた。

「俺は、ダリスの手、好きだよ」

はじめて左手を見せた時のように、印章の縁と盛り上がった肉を撫でられる。

「左手で触られるのも好き。印章はね、すごく冷たいんだ。でも、その分ダリスの手のひらとか、指先がすごくあったかく感じられるから」

ダリスが拳を緩めると、シフェルーの手のひらが合わせられる。

「この左手には、辛いことも、いいことも、そうじゃないことも。ホントは優しいとこもね、全部。…ダリスの全部が詰まってると思うんだ」

一つになった手を繋いだまま、シフェルーは真っ直ぐにダリスを見つめた。

――『キレイだねえ』

眼を細めて笑う少年の姿が脳裏に思い浮かぶ。

今より幾分幼い顔つきだったが、瞳だけはずっと変わらない。


この瞳に、どれだけ救われてきたか。


混じり気のない美しいオレンジ色を見つめ返して、ダリスは思わず言葉を発していた。

「ありがとう」

突然の謝辞に、シフェルーはきょとんと目を瞬かせてはにかむ。

「何がありがとうなのかは分からないけど…ダリスが幸せそうだからいいや」

手のひらは、二人の想いを紡いで重なる。



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