手のひらと瞳
顔を会わせるように横向きに寝て、毛布を引き寄せ身体に掛ける。
多めの毛布でシフェルーをくるみ、腕を出して毛布ごと細い身体を抱く。
「ダリス」
急にはっきりと名前を呼んだかと思うと、シフェルーはまっすぐな瞳でダリスを見つめていた。
「どうした」
声の調子が先ほどまでとは違うのを感じて、ダリスもそれに合わせて声を低める。
「あのさ、印章をダリスみたいにしてもいい?」
突然の言葉にダリスは戸惑う。
王都にダリスの弟子として来た時点で、シフェルーは見習い魔導士だった。
正式に魔導士協会の名簿にも載り、既に印章も支給されている。
貰ったばかりの時から、菱形の印章を嬉しそうに首にかけて、ずっとそうしていたので、まさかそんな事を言われるとは思ってもいなかったのだ。
「やめた方がいい」
「何で?」
醜く歪んだ左の手のひらを、無意識に握りしめるダリス。
「自分の身体に印章を埋め込むなんて、狂った奴のすることだ。今まで通り、首に掛けとけばいいだろ」
「じゃあ、何でダリスは埋め込んだりしたの?」
邪気のない瞳で見つめられれば、答えない訳にはいかない。
「…めんどくさかったんだ。いちいちつけたり外したりするのが」
誤魔化すように言うと、シフェルーは不満そうに口を曲げた。
もちろん、そんな理由ではない。
左手は、今でもたまに引き攣れるように痛む。
手のひらから取ろうと思えば取れるし、火傷のように爛れた肉も、回復魔法で治すこともできる。
けれどダリスがそうせずに、今も印章を埋め込んだままなのは。
自分の奪った命を忘れない為。
罪の重さを、刻み込む為。
戦場で魔法を使って、はじめて人を傷つけた時、ダリスはまだこどもだった。
けれどその瞬間、一生付きまとうであろう胸の痛みを感じた。
戦場に長く身を置き、その痛みを忘れるのが怖かったのだ。
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