心と唇

言葉をかわさなくても。

視線をまじえなくても。

想いを、伝えなくても。


ダリスとシフェルーは繋がっていられる。

師匠と、弟子として。



足下の星空の上に更なる闇を降ろして、シフェルーは魔法を解いた。

「なかなかだな」

それが、ダリスの最上級の褒め言葉だと、長年二人で訓練してきたシフェルーは知っている。

ダリスの顔を見なくても、声だけで微笑んでいるのだと分かった。

光の戻った部屋の中。

無言で足下を見つめたままのシフェルーを不思議に思って、ダリスは弟子へと歩み寄る。

「スランプは脱したようだな。シフェルー…?」

ぽたり、と白い床に水滴が落ちて、それがシフェルーの涙だと分かるまでに暫くかかった。

俯いたまま涙を流すシフェルーの喉がひく、と鳴るのを耳にして、ダリスの胸が痛む。


こんな風に、執務室でシフェルーの小さな嗚咽を聞いた覚えがあった。

あれは水の魔導士の執務室で、だったが。


「…シフェルー」

頬までの距離が、あの頃よりも近い。

それだけ、シフェルーの身長は伸びたのだ。

上向かせた顔もいつの間にか大人びて、理由も分からずダリスの胸を締め付ける。

「嫌、だ」

震えた声ももう、こどものものではない。

ダリスの左手を拒否するように後退したシフェルーを追って、両腕を伸ばした。

「やだ…。触らないで!」

強い拒絶の言葉に行き場を無くして、二本の腕が宙に浮く。

「無神経に、触ったりしないで…!」

――たった今、弟子で居ようと決意したばかりなのに。

シフェルーの心に構わず、伸びてくるダリスの腕が今は悲しい。

こんなにも簡単に揺らいでしまう心が、情けなくもある。

「ダリスの、ばか…!」

一言を絞り出して、ダリスの顔を見ることもできずにシフェルーはドアへと走った。

階段を駆け下りる間も、涙が視界を邪魔して何度も足がもつれる。

無意識に自室に走り込んで、シフェルーは声を嗄らして涙を流した。



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