心と唇
ダリスの執務室、南塔の最上階で掃除をして師を待つ。
王都に来てからずっと、それがシフェルーの日課だった。
朝、共同の井戸で水を汲み上げ掃除道具を持って最上階へ登る。
白の山脈から切り出された艶のある石組みは、淡い模様が入っていてその一つ一つが僅かに異なった。
模様を確かめるように指でなぞりながら、金の三つ編みを尻尾のように揺らして螺旋階段を上る。
ドアを開け放したまま掃除道具を立てかけて、まずはカーテンをたたみにかかった。
大きな窓を開けて、棚や机の埃を払い、床を磨く。
窓の前にある大きな机は楓でできていて、白い色をした繊細な木目を傷つけないように、と掃除も自然と慎重になった。
室内には低い階段があり、低くなった所にはテーブルと来客用のソファ。
これもまた立派な彫刻の施された白い揃いの家具で、座面にベルベットの張られた肘おきのあるソファはとても座り心地が良い。
たまにレヴィやエリーズなど、親しい魔導士が座る以外はもっぱらシフェルーの指定席で、ダリスの仕事の手伝いがない時は、いつもそこで魔法に関する本を読んでいた。
掃除を終えると、見計らったかのようにダリスが執務室の扉を開けた。
いつものように焦げ茶の髪をオールバックに撫でつけて、唇には煙草。
時に強すぎる程の覇気を湛える灰色の瞳は、シフェルーを見て僅かに細められた。
「おはよう、ダリス」
「おはよう。シフェルー、悪いが急ぎの書類がある、訓練は少し待て」
手にしていた書類を数枚机の上に並べると、椅子に掛けてペンを取り出すダリス。
「あ、じゃあ…。先にこれ、片付けてくるね」
掃除に使った布や箒を手に、シフェルーはドアへと向かった。
「悪いな。すぐに終わらせるから」
片眉だけを下げて見つめてくるダリスに、シフェルーは慌ててドアを閉める。
――変な顔してなかったかな。
昨夜夢の中に表れたダリスと、その表情が頭に過ぎって温度の上がった頬の熱を冷ますようにバタバタと階段を下りた。
掃除道具を片付けても部屋には戻り辛くて、階段の下で行ったり来たりを繰り返すシフェルー。
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