心と唇

ダリスと共に王都に住むようになって一年。

シフェルーを取り巻く環境はがらりと変わった。

白の山脈の山裾の田舎で十五まで暮らしたシフェルーには、王都での暮らしは慣れないことばかり。

衣食住、生活習慣の一切が村とは違う。

その上、魔法の勉強はもちろん、魔導士特有のしきたりや、果ては政治の仕組みに至るまでを学ばなければならない。

ゆっくり慣れていけばいいとシフェルーの師、ダリスは言い、徐々に慣れてきてはいる。

座学は好きではなかったが、幸いにも魔導士としての力は高いらしく、周囲に期待もされているようだ。

英雄である炎の魔導士シャリムの唯一人の弟子だということで、プレッシャーを感じた時期ももちろんあった。

けれど、今シフェルーの頭を悩ますのは、他でもないダリスの事だ。




「ダリスってさ…」

カップの縁を指でなぞりながら、灰色の瞳を思い浮かべる。

時々その色が優しげに自分を見つめている気がするのは、勘違いだろうか。

エリーズはカップを置いて、シフェルーの先を促した。

「ダリスって、ちょっと鈍いよねえ」

眉を下げたシフェルーの表情はもう、こどものそれではなかった。





エリーズの住まう部屋から自室へ戻ると、シフェルーは早々に寝床に入った。

シフェルーの部屋は、ダリスの部屋や執務室のある南塔のすぐ近くにある。

敷地内に部屋を持てるの特級以上の魔導士か、直弟子のみ。

そんな所にもシフェルーに対する期待は顕れている。


明日は一対一での魔法の訓練の日だというのに、頭に浮かぶのはダリスの事ばかり。

考えすぎてなかなか寝付けない上に、近頃では夢の中にまで現れるものだからたちが悪い。

――今日も、ダリスの夢を見るかな…。

シフェルーの身体は、間違いなく大人になっていた。

でも一人でそれらしい行為をするのには罪悪感があって、ずっと我慢している。

ダリスのことで頭がいっぱいな今は、尚更。

想像や夢の中でダリスに優しくされれば嬉しいが、本人に会った時の後ろめたさと言ったら考えるだけで赤面ものだ。


もやもやとしたまま眠りにつけず、やっとうとうとし始めた頃には月も中天を過ぎようとしていた。



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