傷と秘密

ダリスが優しく額を撫でると、シフェルーは薄く目を開けた。

「ダリス…?」

「ああ…喋らなくていい。痛む所はないか?」

ダリスの問いに首を傾げて、シフェルーは眉を寄せた。

「いろんなとこが、痛い気がする…」

喋らなくていいから、とダリスはもう一度言って、ベッドの横にあった痛み止め薬の瓶を手に取る。

器に液薬を注いで、シフェルーの頭の下に手を入れて支えると、ゆっくりと飲ませてやった。


シフェルーは、器を持つダリスの左手に手袋がないことにすぐに気が付いた。

手袋どころか、左手には傷一つない。

「ダリス、左手…見せて」

小さな声に、薬の瓶に蓋をしていた手を止めて、ダリスは左手を差し出した。

戸惑うように眉を下げたが、そんなダリスのいつもと違う表情に戸惑ったのはシフェルーも同じだ。

手の甲を撫でられ、手のひらを向けるように促されたので、ダリスはおとなしくそれに従った。

魔導士印章の埋め込まれた醜い左の手のひらを、シフェルーの瞳が食い入るように見つめている。

オレンジ色に菱形の印章が映り込んで、不思議な模様が瞳の中に作られた。


澄んだ瞳が喜色に染まり、ダリスを見つめる。

「夢じゃ、なかった…」

シフェルーの呟きにも、ダリスは口を開くことはできない。

居たたまれなくて、ただ唇を引き結んで、シフェルーの瞳を窺った。

「ダリスの手が、光ってた気がしたんだ」

印章の縁と手のひらの肉の境目、火傷の痕のように盛り上がった部分を細い指がなぞる。

「キレイ、だねえ…」

オレンジ色を潤ませて、瞬く少年。

それを見つめるダリスの瞳にも、同じように涙が滲んだ。



醜い左手が。

ただの武器としてしか扱ってこなかった手が、澄んだ瞳と言葉に包まれている。

――美しい筈がないのに。


こんな風に暖かな指先に触れられたことがあっただろうか、自分の手のひらは。


冷たい血と、温度の感じられない白い炎。

死の匂い。


今まで感じてきたものとは違う、細い指がダリスの手を握っている。

「…ありがとう、ダリス」

それだけ言って、シフェルーは眼を閉じ、再び眠りについた。

ダリスは左手を握っていたシフェルーの手を毛布の下にしまい、先ほどのように額を優しく撫でた。

今度は、魔導士印章を握りしめた左手で。



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