傷と秘密
湿った草と土を踏み分けて、ダリスは山を登る。
少し先では三色の球体が震えて萎み、目的が近いことを示していた。
「――止まれ!!」
吠えるようにダリスが叫べば、驚いて足を踏み外したのかボロボロの布を身体に巻いた兵士が一人、目の前に降ってくる。
薄い緑の球体は落ちてきた兵士の身体に触れると、音もなく霧消した。
ダリスの鋭い灰色の瞳と、纏う覇気に怯えて兵士は咽び泣く。
「す、すまなかった…」
声は涸れて、長い間きちんとした食べ物を食べていないのだろうと想像はついたが、それでもダリスは目の前の兵士を許す気にはなれない。
「謝ってすむことだと思うか?」
ひえ、と身をかがめた兵士を呪文で縛ると、ダリスは残りの二人の追跡を続けた。
痩せ細った二つの背中はすぐに見つかった。
ダリスは矢筒を背負った兵士に向かって、怒りに任せて左手を上げる。
白い炎が、矢のように兵士の背中に飛んでいく。
山に響く、悲鳴と焦げた匂い。
もう一人の兵士も驚いて立ち止まった。
正確には、動くことができない。
じっとりと纏わりつく殺気に気圧されて、足が進むことを拒否している。
「なぜ、あの少年を射た」
静かな声が、湿った土を這って二人の兵士に届く。
ざわざわと草木までもが浮き足立って、二人の恐怖を煽る。
兵士たちの視線の先、見上げた男は今まで見た誰よりも、死を体現していた。
戦場よりも、はっきりと。
死が彼らに迫っている。
震える兵士にダリスは詰め寄る。
「答えろ。最後に喋る機会を与えてやっている」
「お、俺じゃねえ…」
「嘘をつくな!」
間髪入れずにダリスが返すと、声と同時に口を開いた兵士の周りの土や草が弾け飛んだ。
怯えて身を縮めた一人に変わって、もう一人が口を開く。
「俺たち、水を飲みに、行ったんだ。そしたら…あの子、魔法の練習をしてた。それで、魔導士かと、思って…」
「魔導士が山の中でのんびり魔法の練習なんかするか」
「ゆ、許してくれ…」
命乞いはダリスの怒りを増幅させた。
「あの子に、シフェルーに。命乞いする暇を与えたか?」
声は静かなのに、内臓に響く音は兵士たちの身体の自由を奪うほどの凄まじい覇気に満ちている。
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